'">
[携帯モード] [URL送信]
殺人鬼の微笑み



 人間はいずれ死ぬ。消える。ついさっきまでそこに居て、呼吸をし、活動していた人間も、死ねば消える。肉体は放置すれば腐敗し蛆が湧くし、土葬すれば土に還り、火葬すればケロイドを越して灰塵となる。その上、時代の流れに伴い生前の自分を知る人物は順を追って死んでいくのだから、私の存在ごと地球から忘却されてしまう。記憶から記録までの私も、いずれ死んでしまう。生きるせよ、死ぬにせよ、何にしたって人間は消える。跡形も無く。骨だって時が過ぎれば風化してしまうのではないか。そもそも、骨は人間の基礎であり、つまり設計図のようなもの。骨組が残っても、それは在るに値しない。人間は、消える。形も、他者に及ぶ記憶まで。私は、それが怖い。この世に生まれ落ち生を受けたその瞬間から死ぬ時まで、一生死に恐怖を感じて生き続ける。怯えて、逃げて、目を瞑る。死に感じる恐怖は、言葉では表す事が出来ない。恐怖、という言葉でさえ語弊で、死に対する表し難いこの震えは、恐怖の範疇等生易しい物ではない。恐怖に酷似した、何か。その何かは人間の心を駆り立て、生きる事への恐怖を感じさせる。生きる事が怖い。恐ろしい死を待望し、悠々と活動するなど信じ難い。しかし、生きる事は死を待つ事、終着点に着くまで待つ事なのだから。終着点に着けばどうなるというのか。行く先も分からず迷子になれと、死ねというのだろうか。生は死であり、死は死だ。世の中、死しかない。孕まれたその瞬間、死との格闘が始まる。恐怖に身体が震え、大気中に存在する空気の一粒になりたいと切に願う。死との闘いが終わった時、漸く苦痛から解放される。つまり、死ぬ。自分自身を痛め付け苦しめ悩ませ怯えさせる人間は、最期の最期に有終の美を飾るべく死ぬ。呼吸を止め、脳を休ませ、瞼を下ろし、血液の循環を塞き止め、酸素も二酸化炭素も窒素も何も吸い込みも吐き出しもしない。苦しい苦しい死がオオトリを飾る人間は、最初から最期まで苦しみ足掻いて溺れる。言わば、人間は皆一概にマゾヒストなのだ。痛め付け痛め付け、最期に究極、恐れに恐れ最も逃げたかった死によって短い生涯を遂げる。世界から、消える。それを恐れた人間は、遺書を書く。遺言を残し、逝去後にも自分を反映させようとする。自分の名残として、最期の自分として、遺言を。そこまでして生に縋ろうとする人間の、如何に醜悪な事か。醜い醜い人間は、生を渇望し死を嫌悪する。私も、死ぬのは怖い。私の存在が消える事が、怖い。

「殺して、神威。」

 だからこそ、天使のような笑みを浮かべた貴方に死を縋るのかもしれない。貴方の満面の笑みは死だ。冥界の雰囲気を漂わせるその冷笑は、私の喉元に死を突き付ける。いつの間にか、私の首には斬首ようの枷が取り付けられていて、貴方の笑みを見る度、その威圧感に、死の恐怖を、生の絶望を、死の欲望を感じさせられる。ただ、笑って、いるだけなのに。私には物凄く、その笑みが私を死へと誘っているようにしか見えなかった。人間は、消える。例え、夜兎俗で地球人でなかろうと、神威もきっと消えてしまう。神威は相変わらず笑っていた。私の事を見ずに。神威の笑みは、怖い。貴方の心を包み隠して、虚偽を貼り付けたものだから。何もない、所謂死。私は、死が怖い。私が消えてしまうのが怖い。何も分からない、貴方の笑みが怖い。私の言葉は、神威の笑みと一緒に、沈黙に消えて行った。普段は笑んでいる神威の顔が、真顔になる。怖い、怖い、怖い。貴方は死だ。貴方こそが死だ。貴方の笑みも、しぐさも、声も、何もかもが。貴方は生だ。貴方こそが生だ。貴方の温もりも、感触も、雰囲気も、何もかもが。怖い、怖い、怖い。死への恐怖、生への恐怖、死への願望、生への欲求。何もかもが、怖い。私は今も死を恐れ生を嫌悪し、死を待ち生に縋り、ずっと私が消える事を待っている。貴方の手によって、消える事を。ずっと、待っている。

「殺して、神威。」



fin

実は神威がめちゃくちゃ好きだー。
でも、不完全燃焼に終わってしまいました。あは。





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!