屋敷の本 裏切りの長い夜(12) 「うーん…何か、何かが足りない…」 と、さっきから食堂で唸っているのは料理班の杏だ。 料理班はこの非常時でもどうせ明日も朝早くから皆の食事を作らなくてはいけないのだから、 別に警備にあたる必要も無かった。 「…あ゛あぁー分かんないです」 彼は料理班の班長。 100人以上の使用人の食事を作る時の監督役も彼。 みのり、あやめ、夕夜、朔夜、ご主人様の食事は彼が直接作るのだ。 「味が、イマイチ…」 「赤ワインが足りないのよ。」 「へっ!?」 「赤ワインが、ね。」 いきなり杏の背後に現れたのは、これまた中華服の見知らぬ女。 女はニッコリ笑って、美味しそうな匂いね。 と続けた。 「…はぁ、ありがとう、ございます?」 「おっと、こんなことしてる場合じゃ無かった!さ、私と一緒に来て貰うわよ?」 「は?なにを…!!」 「さっさと言う事聞かないと…調理しちゃうわよ!?」 中華服の女は持っていたナイフを構えた。 それを見て杏も近くにある包丁を構える。 攻撃の先手は杏の方からだった。 スキを見せずに包丁を振り落とす。 女はナイフでそれを受け止めたが、その後杏の足が回って来たので後ろに退く。 「さぁ問題。私は一体いくつ体にナイフを常備しているでしょう?」 「げっ!」 「はぁっ!!」 女は数本ナイフを杏目掛けて投げ付けた。 「わ、あ!!」 包丁で受け止めようとしたら包丁ごと吹っ飛んだ。 「なっ…(コイツ、なんつー力…!!)」 「あら、もうお終いね。」 「…っ!」 「おっと!!!」 杏は体勢を立て直し女の顔面を狙い足を振り上げた。 しかし避けられてしまったが。 「武器も無しにつっかかって来るなんて、さすg…」 「はああぁ!!!」 「きゃあああ!!!ち、ちょっとちょっと!!まだ私台詞の途中…」 「うっ!!!」 ドサッ と杏は床に倒れた。 「あ、あらシャインド。遅かったわね。」 「お前早すぎ。」 「うぅっ…」 杏はいきなり現れたシャインドと呼ばれる赤いメッシュの男に手刀をくらわされたのだった。 「あんたが遅いだけだっつーの。さ、行くわよ!!」 「仕切るな仕切るな。」 そう言うと男は杏を抱える。 「…先輩連れてどこいくの?」 「「!!!」」 現れたのは榛 瑠榎(ハシバミ リュウカ) 料理班の副班長。 整った顔つき、スラッとした体。 切れ目の鋭い眼差し。 グレーのような、ブルーのような髪色。 冷めた瞳は美しい漆黒。 「…ちょ、何この紹介文の差。」 「まぁ、あんたの事なんかどうでもいいって事よ。」 「うぜぇ。」 「見慣れない顔だね。」 「…って言うか、ね?声もすっごく格好いい!!!」 「うーわ!!コイツムカつく!!!」 「あ、私結凪(ユイナ)って言いまーす!!」 「…そう。俺は瑠榎。どうでもいいけど、先輩返してよ。」 先輩とはいわずとしれた杏の事である。 「それは無理ね。 命令だから…私だってご主人の命令じゃ無かったら絶対来ないわこんなとこ。あぁ!台所なんて汚らわしいとこ早く立ち去りたいわ!!」 「ふーん…あんた達がレイラムさんの言ってた…ヴェリアス家の。」 「まぁそう言うこt…」 ベシャ。 その音がした時、台所いっぱいに異臭、悪臭がこもった。 「うわ…臭っ」 赤メッシュが長袖の裾を口元へ持って行く。 「な、こ、これっ!!まさか!!!」 そして女の顔にはその臭いの現況となった物がベットリとついていた。 「そうだね。腐った卵だよ。…臭っ」 「き、きゃあああああぁあぁぁぁぁぁー――・・・!!!」 女は臭いと同じぐらい強烈な叫び声を上げて出て行った。 「じゃー俺も…」 「待ちなよ、どこいくの。」 「うっ…勘弁してくれー――――!!!」 「チィッ…逃げられた…」 男も女の後に続き逃げて行った。 杏を連れて。 ←前へ次へ→ [戻る] |