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【無警戒】


自分の家が安心できる場所という考えを、臨也は否定しない。
四六時中警戒していたらどんな人間だって精神的に疲れてくるし、弱い人間ならば下手したら心が壊れてしまう可能性だってあるからだ。


「……警戒心ないなぁ…」


すなわち今が深夜だというのも構わずに静雄の家に忍び込んだ臨也は、電気を付けたまま壁によりかかるようにして爆睡している家主に向かってつまらそうに呟いた。

多分、誰かが侵入するという可能性を考えた事がないのだろう。
今のように忍び込んで殺すには絶好な環境に追い込まれようと、危機感のない静雄は一向に起きる気配がなかった。


「シズちゃん、」


敢えて嫌がる呼び方で呼び掛けても反応は一切ない。

このまま殺すのもいいかもしれないが、それは物凄くつまらないようなことに思えて、臨也の中で静雄に対する興味という感情が一気に冷めていくのを感じた。
今日の所は帰ろうと立ち上がった所で、静雄の唇が微かに開く。


「……かす…か、」
「………やっぱり、君が大嫌いだよ」


思い通りにいかないから。
やっぱりこのまま帰るのは何だか癪だと思い直した臨也は、ポケットを漁って妹から貰った物を取り出して、嫌な笑みを浮かべた。


─────


「………ん…」


太陽が十分上り切った時間帯に目が覚めた静雄は、ある違和感に首を傾げた。
何だかいつもより視界が広い気がすると感じ、前髪に手を伸ばした静雄はそこで一回動きを止めた。


「なんだ……これ…?」


手に触れたものが髪ゴムなのはわかったが、寝る前につけた記憶は一切ない。
しかもピンクのふわふわとした毛玉付きなど、寝る前とかではなくても所持した記憶などあるはずもなく。

不思議に思っていると、見計らったようにピピピッとメールを知らせる初期設定の受信音が鳴った。


「………」


差出人は不明。
本文は白紙。
題名に一言だけ『寝てる君は可愛いよね』と書かれたその不審かつ不快なメールには、一枚の写真が添付されていた。

この出所のわからないゴムを付けたまま寝ている姿を撮られた写真を見た瞬間、ベキリという嫌な音が携帯から鳴り響く。
一瞬にしてただのゴミと化した携帯は、無意味なパーツとなって床に落ちていった。


「今日こそ殺す。一発で殺す」


殺す殺すと連呼した静雄は、バキバキと体を鳴らしながら起き上がる。
差出人不明だろうが何だろうが、こんな胸くそ悪いメールを送り付ける野郎に心当たりは一つしかない。


「ぁんのノミ蟲があぁあぁあ!」


叫ぶと同時に玄関を蹴り破るように外に飛び出した静雄は、そのまま迷うことなく走りだした。
目的地は勿論今ごろあのイラつく笑みを浮かべているだろう、ノミ蟲の元だ。

まさか、わざと呼び出された事など考え付かないほど殺意を漲らせた静雄は、池袋の街をただ駆け抜けたのだった。




End

【cancer】に、続く。







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