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見えない壁や、穴や、時には刃物に翻弄されながら暗い通路を進む。翻弄とは言っても、何かをやらかすのは常に少女だったわけだが。
そんな中でも魔物が出たら今までの失態が嘘のように、凛と剣を振るい、サジを守った。
「…ねえウェン。聞いていい?あ、こっち」
「いいよ。何?」
「ウェンはキオクソーシツってやつなんだよね?」
「そっか、…知ってたんだね」
「家族のことも覚えてないの?」
「……うん」
ここまで正直に頷くとなにやらサジは少し黙り込み、また話を始めた。少し声の色が暗くなった気がした。
「僕のお母さんはね、昔僕のお姉ちゃん…といっても僕はまだ産まれてなかったけど、…まあ死んじゃったみたいでさ。そのことでずっと苦しそうにしてるんだ」
「……」
本来いたはずの姉が何らかの形で亡くなってしまった、と。
しかし彼は姉よりも母親のことを気にしているようだった。
「どっちが、幸せなんだろう」
何と何とを比較しての問いかけか、少女にはすぐに理解できた。
サジが言っていることはつまり、
「お姉ちゃんのこと…忘れさせたいの?」
「……僕は、そうなのかも。お母さんに笑ってて欲しいから」
彼の母親が、今のまま生きるのか、自分のように過去の事実を後付けで知って生きるのか、どちらの方が幸せだろうかと。サジの言わんとすることは分かる。彼が心温かい人間だということも。
「サジは優しいんだね」
そう言って微笑むと、少女はゆっくりと言葉を紡いでいった。
「私は自分がひどい犯罪者だって聞かされて、悲しかったし、苦しいかった。もちろん今でもそう」
「記憶にはないのに、暗い事実を突きつけられるのはとても辛いよ」
「だけどね、記憶にあろうとなかろうと事実には変わりないんだ。だからどちらにせよ、苦しくても受け止めて受け入れていかなくちゃいけない―――」
「それじゃ、どっちも変わらないってこと?」
「私はそう思う」
「……」
サジは視線を床に落とし、ゆっくりとため息をついた。確かにそんな簡単な話はないよねと笑ってみせたがその笑顔に明るさはなかった。
それを見た少女は少し黙って、それからふんわりとした口調で話し始める。
「…私と一緒に来た、時の勇者っていたでしょう?」
言葉に反応してサジが顔をあげる。
「あの人が勇気をくれるの」
「勇気?」
「そう。前に進んでいく勇気」
あの人のひとつひとつの言葉に私の心がどれだけ助けられたことか。
しかし今はまともに顔を合わせないまま、こんなところまで来てしまった。彼は心のどこかで呆れてはいないだろうか。私は突き放されてしまったのではないだろうか。いや、指名手配までされている自分には自業自得な話だ。
色々不安は尽きないが、そんなことをサジに言うことはない。少女はありのままの言葉で言った。
「だからサジもお母さんにとっての勇者にならなきゃ」
「……」
しかしその言葉にサジはなかなか答えない。
「僕は、どうすればいいのかな…」
誰に尋ねているわけでもなかった。尋ねて答えが返ってくる質問でもないのだから。
『――時の勇者の息のかかった者よ。ここより先には行かせん』
「!」
突如として淀んだ声が部屋に響き渡った。
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