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やっと彼女の名前を知ることができた。しかしそれはハイラル全土に名を轟かせる悪名高い山賊頭の名。名前をひとつ、声にする度に心を傷つけはしないかと名前で呼ぶことが躊躇われる。
その彼女のための食事を手に、リンクは宿へ向かった。
「食事持ってきたよ。シチューは嫌いじゃないよね」
宿の扉を丁寧に開けシチューのよそわれた器とパンを乗せたプレートをベッドへと運んで行く。リンクはシチューを零さないよう、視線はなるべくプレートに落としたままでいた。
「……あら?リンク、」
ナビィがベッドの上を8の字に飛び回り、リンクに視線を向けるよう促した。寝ているはずの彼女の姿がないのだ。
「あの娘なら先ほど剣を片手に出て行った」
その代わりに宿にいる城下町の者がリンクのもとに歩み寄り、そして問いただす。
「勇者様、どういうおつもりか?あの娘は犯罪者。そんな者を匿うというのは如何なものかと」
「……あらかじめ言ったでしょう、彼女は記憶がないみたいなんです。それに以前にしたって、今の彼女を見てると指名手配までされる極悪人だとは思えません」
彼女をよほど毛嫌いした言い方だったが、もっともな質問だった。この人はただ安全な場所を求めているだけなのだから。
「記憶喪失ということ自体疑わしい。あなたを騙して陥れるつもりなのかもしれない」
「山賊が貧乏勇者を騙したところでなんの得もないですよ」
「しかし何かの拍子で殺されてからでは遅い。魔王はあなたでなければ戦えないんだ。あなたは私たちの、ハイラルすべての未来を託されてるんだよ」
厳しい顔つきでそう言い残すと踵を返して宿から出て行った。
リンクはベッドの横に立ち尽くしたまま、彼が扉の外へと消えるのを見届ける。
「わかってるけどさ…」
――自分がどんな立場かということくらい。
その呟きは傍らのナビィにも聞こえない。
「あいたい」
夢でひたすらに繰り返していた言葉を声に出してみる。
…誰に?
それだけが疑問に残る。
私は誰に会いたくて、その人とはどういう繋がりを持っていたのか。
(その人に会ったら記憶が戻る、かも)
でも"その人"が誰だか見当がつかない故に捜しようがない。五里霧中、一体どうしたら良いものかと空を眺めた。
村を一望できる風車の丘からはとても眺めが良い。このままずっと草原のベッドに身を預けていたいがそうもいかない。きっと自分が宿にいないことに気がついているだろう。
勢いで飛び出してしまった手前、特に行く宛てがあるわけでもなかった。
「……戻らなきゃ」
しかし口に出すだけで体はピクリとも反応しない。心のどこかで正反対の事を思っているのだ。
(このままリンクさんのもとに帰ったとして、…きっと彼は手配犯の私を庇っているが為に余計な非難を浴びる)
(そんなのは見たくない…)
片腕を両目に覆い被せ視界を閉ざす。
今となっては記憶にない、とはいえ、世間から狼藉者として白い目を向けられる自分と行動を共にするのは彼らにとって重荷でしかないだろう。もちろん自分がリンクたちのもとを離れることも考えたがそれができない。
周りから寄越される侮蔑の目が耐えられない。どうやら世界は思った以上に優しくはなかったようだ。
けれど離れられないのは、結局のところ甘えでしかないのは自分でも分かっていた。
(この期に及んでリンクさんとナビィと一緒に旅がしたい、というのは……ワガママ、なのかな。やっぱり)
悩んだところで堂々巡りだ。自然と、ため息がでた。
「はあ、――……ん?」
両目を覆っていた腕をどけ瞼を開く。
(風向きが変わった)
むわ、と淀んだ空気が麓のカカリコ村方面から流れている。上半身を起こして丘の上から斜面を滑らせるように村を見渡した。
右へ左へ眼球を動かし、ある点でそのスクロールが止まる。
「あれは……?」
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