DIGITAL WORLD(山+ツナ/10年後/完) デジタルは好きだ。1か0の世界。是か否の世界。白か黒の世界。曖昧なものは何も存在しない。圧倒的な命令一つで、判断に困る奴なんかいない。オレはだからデジタルが好きだった。 アナログは、曖昧でどうしようもない。命令一つに戸惑い、揚句、命令自体を聞き違える。だからオレはアナログが嫌いだった。 現実はどうだろうか。 リアルはデジタルではない。悲しい事にいつもオレの命令を違う奴がいるのだ。 「ごめんなツナ、」その一言でアナログを許してしまうオレ。ねえ、なんでいつもいつもオレを惑わしてしまうの?揺るがしてしまうの?ねえ山本。 「困るよ山本。」 窓際に寄り添うように立つ君にオレは語りかけた。窓の外の空は酷く青い。雲はカケラも見えなかった。嗚呼綺麗だな。そのまま溶けて居なくなってしまえばいいのに。なんてオレは心の何処で呟いて未だ一歩も動こうとしない山本にもう一度告げた。 「困るよ、」 するとそこで初めて山本はオレに気が付いたかのように(ウソツキ。始めから気が付いていたくせに、)オレの名前を呼んでひらひらと片手だけを振った。否・片腕しかない躯の片手を振った。 何年か前の任務で山本は片腕を無くした。剣豪は片腕を無くした。 オレと山本は同じターゲットを同じく追っていて、ターゲットは狭い裏路地に入ると戸惑いなく自爆した。もちろん同じく入っていったオレ達も爆風をうけて昏倒。山本は片腕を無くした。オレは大事な友達であり部下でもある男の片腕を無くした。 それ以来だ。山本はオレの命令を聞かない。聞かない事はない。聞き違えるのだ。爆発で頭がおかしくなってしまったと言う人間も組織の中には幾人か居た。しかし。イカレてる人間にあんなに綺麗に人殺しが出来るのだろうか。 一歩たりとも動かない山本の為にオレは山本に自分から近付く。袖を通る事のない空洞の片腕がやけにリアルで怖かった。空はこんなに青いのにどうして溶け込む事が出来ないのだろう。どうして山本はいつもアナログで生きてゆくのだろう。 やはり、1か0のデジタルの世界がいいなと思う。 ある日オレは夢を見た。山本とオレが歩いていた。例の狭い裏路地だった。オレの向かいに立ち止まる山本に両腕がある。オレはそれを見てなんとなくほっとした。山本は言った。 「簡単だよツナ。アナログは痛いからだよ」 山本がアナログに生きる理由? 「山本は痛いのが好きなの」 「はは、まさか!」 「どうしてデジタルでは生きていけないの」 「痛くないからさ」 「どうして痛みにこだわるの」 「こだわっているのはツナの方じゃないか」 「どうしてオレの命令を聞き違えるの」 「、ツナは質問が好きなのな」 はっと目を開くといつものソファーの上に横たわっていた。黒光りするソレはあまりフカフカしてなくて好きではなかったけれどオレは我慢して使っている。ゆっくりと起き上がると窓際に山本が立っているのに気が付いた。相変わらず、窓の外を見つめていて、オレには気が付かない。やっぱりそのまま溶けて居なくなって。その方がいいよ。山本にここは似合わなかった。それだけの事なんだから。 「山本。困るよ」 山本がオレに気が付いた。(やはり、…)。ツナは困ってばかりだな。笑っている。10年前と変わらない無邪気な笑顔。 「勝手に部屋に入らないで…怒られるのオレなんだから」 がしがしと乱暴に髪を掻いて机の上の清涼飲料水を手にとった。新製品のペットボトル。実は復刻版でひそかに気に入っている。 「あと、」 あと?あと何?山本がオレの命令を聞かないのは承知じゃないか。いまさら意味がない。 「…ごめん」 咄嗟に口を突いて出て来たのがそれだった。慌てて山本を見遣ると山本は綺麗な顔で微笑んでいた。背景の青空のなんと眩しい事。オレは立ち上がって山本に近付いた。久しぶりに山本の隣に立ったと思う。中学からあまり変わらないはずの背丈の差は逆に開いていっているように感じた。 「オレの、命令、聞いて…」 山本の顔が見れないオレは俯き加減に呻くような声で漏らした。酷く情けない。 ヤダよ。山本がオレの頭の上で告げた。ツナの命令はツナがいつも危なくなるやつばっかじゃん。続いて責めるようなひそやかな声音で。 (だってそういう事でしょう。みんなに危ない命令ばっかりで自分はゆっくり暖かい部屋で待つ、なんて) 山本の腕の通らない袖がひらりと揺れた。オレはただ黙ってその袖を見つめる。現実って難しい。デジタルの世界なら、消却(デリート)して証拠すら残さないのに。 END 山本とツナ。 ヤマツナになりませんでした。 解説、というか言い訳すると山本はツナが大切なのにそれがツナには伝わらない。価値の相違みたいな。もうツナが危ない目にあうかもしれない命令を聞くのは嫌だから山本はツナが危なくないように命令を無視して安全な方に頑張っているのにツナから見ればなんでそんな事するのって感じ。はい。修行不足です。 ここまでありがとうございました。 加筆訂正20080531 |