山茶花の小説
とあるなつのひのあけがたのつづき その2  

 約束通り、双児宮に帰還した後は二人して風呂場になだれ込むや否や、お互いに相手の着衣を脱がしあう。

「つまんね、下にしっかりアンダー着こんでんだもんな」
 全裸聖衣かと思ってたのにと、つい本音がぽろりと口から零れ落ちる。
「……いくら私でも、冥界まで行くのに下穿きなしでは流石にスースーするわ」
 不埒な事を考えた弟の瞳を覗き込み、前髪をくしゃりと握りつぶした。柔らかい猫っ毛をぽわぽわと何度も握っては放して、明らかに触感を楽しんでいるようだ。次第にいい加減うざったらしくなって、振り払おうとした手を囚われ引き倒される。
 
 脱衣所の固い床に押し倒されて、サガのキスを受け入れさせられる。歯列をこじ開けられて、生暖かい舌がぬるりと滑り込み口腔内を我が物顔で犯し始める。
 柔らかく舌同士を触れ合わせ互いに絡めあう。二人の唾液が合わさりあい、飲み込めなかった分は唇の合わせ目からゆるく糸を引きながらつつーっと流れ出ていく。
  
 荒い息を吐きながら、唇を離した後も何度もキスを繰り返して、やがてサガの悪戯な唇はカノンの体をあちらこちらと彷徨いだす。耳朶を甘咬みされ、耳孔に熱い息を吹きかけられただけで意識が揺らぐのを感じる。
ふ、と見上げれば脱衣所の天井に設置された丸いライトに、あたり一面に広がった紺碧の長い髪と呆けたようなとろんとした瞳で見上げている自分の姿が映っている。
 ラダマンティスが付けた紅い鬱血痕の上をひとつひとつきつく吸い上げられて、ちくりとする甘い痛みに体がピクンと反応するのが見えた。やがて、兄の貪欲な唇は海皇ポセイドンの三叉の鉾で刺された時の傷跡で止まる。

「痛かったのだろうな……」
 サガは右胸から鳩尾を縦断して腹部にいたる少し引き攣れた傷跡を、辛そうな瞳で見ている。
「自業自得だからな…仕方がない。喩え、あの時に命を落としたとしてもアテナを守りきる事が出来たのなら、俺は本望だったよ」
 あの時だったら笑って死ねてた自信があると、くすぐったいように笑って言う。

「お前は強いな」
「お前の弟だからな」
 お互いの瞳を覗き込み、笑いあう。

 サガはカノンの胸の傷跡に唇を這わせて、お前は二柱の神々に祝福を受けているのだなと笑った。

「…サガ…そこ、弱いんだ。そんな風にされると、体が熱くなって…ヘンになってくる」
 カノンは面白がっているような眼で傷跡と健康な肌の境目の敏感な場所を舌先で嬲っている兄の髪をくしゃりと撫ぜた。
「では、こちらはどうだ?」
 つん、と立ち上がった乳頭を舌先でつつき、唇ではさんで軽く歯を立てられる。
「はぁっ…あぁん…」
 悩ましげな声を上げ、体を弓のように撓らせると、両腕で力の限り抱きしめられた。

「サガ…くるし…」
 兄の腕の中で力なくもがいていると、胸元にぽたりと温かい何かが落ちてきて、驚いて身を起こそうとした。
「カノン…私をおいて逝くな。たとえ牙が折れ、爪がはがれようとも私のために生きていろ!」
 カノンの胸に顔を埋めて、サガは呻るように呟いている。

 天井の丸いライトに、眉根を寄せたちよっと困ったような表情で、でも幸せそうに微笑んでいる自分が映っているのを眺めながら、心の中の傷口がほんの少しだけ癒されていくのを感じた。
 誰よりも強い兄が弱音を吐き、自分を求めてくれていると言う事、自分の存在を認めてくれていると言う事が嬉しい。
 ただそれだけの事がカノンにとって何よりも大切な事だった。

 きっと、駄目な男に惚れるオンナの感情に近いんだろうなぁとも心の底でちょっぴりとは思ったけれど…。


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あきゅろす。
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