山茶花の小説
あいおろすと   その2     

 鍛錬場からの道々に大勢の人々が、アイオロスに声をかけてくる。それにいちいち答えながらアイオロスはカノンを人馬宮までつれてきた。
 
 今更ながらに英雄の人気に驚かされる。

「人気者なんだな、アイオロスは」
「そうかぁ、挨拶してくるから返事しているだけだぞ」
 まだ疎まれる事の多いわが身とくらべて、憧れをこめて微笑みかければ当たり前の事だと言いたげな返事が返ってきて、カノンはすこしだけ疲れを感じた。
 
 英雄殿はひよっとしたら天然なのかもしれない。

 人馬宮に着くと、宮の入り口が野菜の山だった。芋やかぼちゃ、サラダ菜などが雑然と積んであった。
「人馬宮では朝市でもやっているのか。」
 呆れ顔のカノンが振り返れば、アイオロスはごく平然と野菜の品定めをしながら、麓の村のおばちゃんたちが持ってきてくれると答えてくれた。
 
 確かに双児宮にも、地元の人々からの差し入れが届く事もある。しかしそれは花や果物が多くて、こんなに野菜ばっかりもらった事はない。
 兄のサガのイメージのせいかもしれないが、一度他の宮の差し入れも聞いてみたら面白いかもしれない。
 「な、いくら俺が大喰らいだといっても限度と言うものがある。芋ならばまだしも、菜っ葉をこんなにもらってしまっても困るだろう」
「…サラダ菜は好きじゃないと言いたいのだな」
アイオロスは高らかに笑いながら肯定した。人馬宮の台所まで野菜の山を二人がかりで運ぶ間に、苦手な上にあまり日持ちのしない菜っ葉類を片付ける手伝いをしてもらう為に昼食に誘ったんだから遠慮しなくて良い。むしろ、遠慮して野菜を残される方が困ると身振り手振りこみで説明された。
 
「それで俺なわけか。確かにアイオリアや他の連中よりは菜っ葉好きに見えるだろうし」
 実際きらいじゃないしと頷いてやるとアイオロスがまぶしそうな顔をした。
「前にサガがサラダとか好きで良く食べてたから、双子の弟のカノンもひょっとしたら好きかなと思って、声をかけてみたんだ」
 アイオロスははにかんだ様に笑うけれど、大きな地雷を踏んだ事には気付いてない。
 
(…あんたとサガが青春している頃、俺は双児宮の半地下にある小部屋に幽閉されていたんだがな…。毎日毎日薄暗い小さな部屋に一人っきりで、サガの帰りだけを待っていたんだっけ…。なんだか、食欲がなくなってきたから帰っちまおうかな…。)

 カノンが一人で暗くなってる間も、アイオロスは楽しそうに思い出話を続けながら芋の皮を剥いている。
 カノンはその顔を見たくなくて、アイオロスに背を向けサラダ菜を洗い始める。

「…それでな、…最近サガに避けられているような気がするんだが、何か聞いてないか?」
 適当に相槌を打ちながら聞き流してきた言葉の中に、ただならぬ気配を感じて振り返る。見れば何時の間にやら皮むきを終えて、こちらを見つめてくる曇りの無い瞳。
「…サガにも色々あったのさ。なんたって13年も経ってしまっているんだ。昔と同じようにと言うわけにもいかんだろう。第一、あいつはまだアイオロスに罪の意識を抱いているから、まともに顔すら合わせられないはずだ。」
 真摯な態度には真摯な態度で答えてやらねばとカノンの言ったことにショックを受けているのか、黙って自分の指先を見つめてる。
「とりあえず、話は食べてからにしようぜ。腹がすいていては禄でもないことしか浮かんでこないぞ」

 アイオロスが床に座り込んだまま石になってしまったので、手早く食事を作る。
剥いた芋が大量にあったので、茹でてポテトサラダとパンケーキにする。サラダ菜は適当にちぎってタマネギやショートパスタ、キュウリや卵なんかとあえてサラダをもう一品。あとは冷蔵庫にあったハムを厚めに切って軽くあぶり、かぼちゃのスープで昼食完成。
 
「おい、飯ができたぞ。スープが冷めるから、早く食っちゃってくれよ」
 一応声掛けだけして、さっさと食べ始める。来るのを待ってたとしても、何時になるかわからなかったし、多分匂いにつられてくるだろうと踏んでいた。
 やがて、思った通りのっそりとやってきて黙ったまま食事をはじめる。
 大量のサラダをはじめ、テーブルの上の料理があらかたなくなった頃、アイオロスがぽつりと言った。

「私はどうすれば良かったのだろう…。アテナをお救いして命を落とした事に悔いはない。聖闘士として当然のことをしたまでだからな。」
 其処でいったん言葉を切って、瞳をそらした。
「問題はその後の事だ。アテナに蘇らせていただいたのはありがたい事なのだが、皆が皆自分よりも年上になっていたなんて。」
 
 実は聖域もそのことではかなり揉めたらしい。
 
 カノン自身も又聞きでしかないが、亡くなった時のままの14歳派と、他の黄金聖闘士達と釣り合うように27歳派に別れて何日ももめたそうだ。
 結局はアイオロス自身の寿命から13年も奪うわけにはいかないだろうと言う事で14歳での再出発になったそうだが。
 それが正しかったのかどうかまでは、誰にもわからないだろう。

「そんなことは大した事じゃないだろう。お前を知ってる皆にとってアイオロスはアイオロスだ。確かに慣れぬうちはいろいろと不都合な事もあるだろう。だが、皆がやりずらいのは13年分の年の差じゃなくて、お前を死なせてしまった事への自分自身へのやり場のない怒りを各々で消化しきれてないせいもあるのだろうよ。」
「私は、もう過去の事など気にしてはいないぞ。私にもいたらん所が有ったからあんなことになったのだろうし、恥を忍んで嘆きの壁に集まってくれた時点で諍いも葛藤もみんな水に流してしまったのだ。」
 
 14歳にはとても見えない老けた顔をしていても、心の中に燃える熱い炎はたしかに10代の少年のもの。
 輝かしい10代の少年期を己の愚かさで無駄に過ごしてしまったカノンには太陽のようにまぶしかった。

「ん?何を見ているのだ、私の顔に何か付いているのか?」
「いいや、いい男だなと思ってな。」
半分本気、もう半分を冗談でつつみながら笑って答える。自分のように腐れたような生き方しかしてこなかった人間には、ある意味アイオロスのようなまっとうな人間は強酸のように危険だと思う。
「そ、そんな事はない!第一いい男というのはサガやお前の方だと思う。私みたいなのはごつくて、むくつけき男と言うのが正しいのだ。」
  耳まで真っ赤にして否定するのは、まるで子供のようにほほえましい。
「それほどではない、サガはともかく俺はお褒めに預かるほどのもんじゃないよ」
 首を横に振って否定するカノンに、アイオロスは困ったような顔で呟いた。
「私は…カノンの顔は可愛いと思う。今の私にとってはサガは綺麗過ぎるのだ。」

 テーブルの上に置いた手を掴まれ、いきなり抱き寄せられたカノンは怒鳴ろうと口を開けた瞬間に強引に口付けされた。
 すかさず、アイオロスの舌が滑り込んできてカノンの口腔を犯し始める。
 朦朧とするまで翻弄されても、やはりカノンとしては一言言わずにはおられない。

「アイオロス…おれはサガじゃない。アイツの身代わりで抱かれるのは絶対にイヤだからな!」
 アイオロスはカノンの瞳を覗き込み、瞼の上に片方ずつ口付けした。
「わかってる。サガにとって私は過去の人間に過ぎないだろうし、私が愛していたサガはもう何処にもいないんだ。…今私が欲しいのはお前だよ、カノン」
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