山茶花の小説

あいおろすと 

その1 14歳のロスと28歳のカノン

 カノンが双児宮の入り口の柱の前に座って日向ぼっこしていると誰かの影が差してきた。

「どうした、珍しいな。こんな時間にここにいるなんて」
「そうか?あまりにいい天気なんでひなたぼっことしゃれこんだのさ」
「…ほんとうにそれだけか」
 いぶかしそうに眉をひそめる相手にカノンは根負けして肩をすくめる。
「やれやれ。かなわないな、降参だ。…今日はソロ家で催しをやるんだ。聖域からはサガが出席するので、俺の方は休みを下されたわけさ。聖域や、海界・冥界の者だけでなく普通の人間たちも大勢参加するしマスコミとやらのいいネタになっても困るのでな。でも、海底神殿にいると置いてきぼりを食らってるような目で見られるのが嫌で、逆にサガのいない此処にいるというわけだ。」
 カノンは一つ伸びをして答えた。
「そうか、お前もいろいろ大変なのだな。あまり暇そうにしているので、私と一緒に鍛錬でもと思ったのだが、どうだ」
 逞しい腕を曲げて盛り上がった力瘤を叩いて誘ってくるので、カノンはしぶしぶ重い腰をあげた。
「お手柔らかに頼むぜ、アイオロス」

 風を巻いて突き出された拳をかわし、風を切り裂く蹴りを避けられ、足払いには垂直に飛び上がり、すかさず回し蹴りを放つも、足を掴まれ、もう一方の足で思いっきり顔面を蹴上げてやろうとしたが、間一髪で飛び退られた。

「ウワサ道理流石に強いな、英雄殿は」
 流れる汗を拭いつつ笑いかける。
「いや、お前のスピードもなかなかのモノだったぞ、サガ」
 ピキンと空気が凍るのを見えた気がした。

「あ、いや、その、なんだ、えと」
 おろおろと身振り手振りまで伴ってうろたえる英雄の姿に、カノンは頭を抱えた。
 にっこりと笑ってスルーできたはずだった。だけど、片方の眉のあたりに隠しきれない苛立ちが透けて見えてしまったのだろう。目がいいというのもよし悪しだと言える。

「…ごめん…」
 結局、下手な言い訳はあきらめて素直に謝る事にしたようだ。真摯な態度にカノンの頬も心からの笑みに綻ぶ。
「いいよ、いつもの事だ」
 今度こそにっこり笑って許してやれる。そんな、カノンの笑顔に、はにかんだようにアイオロスも笑った。

「怒るかも知れないから先に謝っておくが、今のカノンの笑顔が私の知っていた頃のサガにそっくりだったのだ」
 …私の知っていた頃のサガ…今度は愕然とするのはこちらの番だった。

 聖戦の後、俺たちはアテナのお慈悲によりもう一度命を与えられていた。それは途切れた糸を繋ぎ合わせるように、命を絶たれたその時から始められており俺とサガは享年のままの28歳からまた始めることになり、他の者たちもおのおのその享年に合わせて再生されていた。
 唯一の例外はシオン教皇で享年ではなく、ハーデスに甦らされた時の肉体年齢のまま18歳で再生されていた。
 
 アイオロス自身もその享年の14歳から新たな人生を歩み始めている。

 本人にしてみればホンの昨日の事でしかないだろうに、自分の弟はじめ年下だった者たちはみんな己よりも年上に、恋人だったはずの相手はまるで見知らぬ者のようになってしまっていたなんて。
 たった一晩の内に13年もの月日が過ぎ去っていたとしたら、自分なら耐えられないだろうとカノンは思った。
 それをごく当たり前のように淡々と過ごしているこの男の並々ならぬ技量を垣間見たような気がした。

「何で今度は泣きそうな顔をしてるんだ?私が何か気に障ることを言ったのなら謝るから機嫌直して。そんな顔をしないでくれよ。」
 気が付けば唇が触れ合わんばかりに近くから、顔を覗き込まれていて驚きで頬が染まる。

「今度は赤くなった。面白いなカノンは。」
 心底おかしそうに声を立てて笑うアイオロスの姿に考えすぎたのかもしれないとカノンは思った。
 ただ、それすらも考えのうちならば怖い男だとも思う。

「さて、腹がへったな。メシにするか。」
「あぁ、そうだな」
 ズボンの埃をはたきながら云うから、適当に相槌を打っていたカノンはいきなり腕を引っ張られて転びそうになる。
「い、いきなり、何のまねだ!」
「だから、昼飯をご馳走するから人馬宮に来いってるんじゃないか。」
 
 そんな話を何時の間にしたっけか。頭の中に疑問符がわきあがる。
「どうせ、サガがいないのではろくに食べないつもりだろう。そんな事ではいざと言う時力が出ないぞ。」
 勝手に決めてくれるな、昨日のパンに白チーズとりんごとコーヒーでも誰に気兼ねも無く食事できるのは久しぶりなんだから。
 
 そう云ってやりたいのは山々だったけど、実に嬉しそうに手を引っ張って先に行くまだ少年と言っていい男の笑顔を曇らせたくなかったのでしぶしぶ付き合ってやる事にする。
 

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あきゅろす。
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