山茶花の小説
シードラゴンとワイバーン その2
「アポなしで急に来られても、俺には俺で仕事があるんだ。判ったら俺の仕事が片付くまでそこで大人しくしているんだな。」
執務室の隅の小さな応接セットに通されてカノン自らコーヒーを入れてくれる。
「幸い今日の所は大した問題もないし、お前の持ってきたのを含めてもあまり時間はかからないだろう。後で相手して欲しかったら、静かにしてろ。」
テーブルに片手を付いて軽く啄ばむようなキスをしてきたカノンに面食らって、危うく淹れてもらったばかりのコーヒーを零しそうになる。カノンはそんなラダマンティスに笑って、仕事の続きに戻った。
思いがけないご褒美に、ラダマンティスの想像上の尻尾がパタパタと振られる。
それからはまるで散歩をねだる大きな犬のような眼差しでさも待ち遠しそうに、それでも約束どおり大人しくカノンの仕事っぷりを見守っている。
いつもの悪戯っぽい表情は鳴りを潜め、ひどく冷静に書類を読み、卓上のパソコンを駆使してデータを集め、更に沈思黙考する海界の海将軍筆頭としてのカノンを。
今まで見た事のなかった彼の真剣な表情は、当たり前のことではあったが見る人が見れば執務中の彼の双子の兄に瓜二つだった。
彼をじっと見詰めていたラダマンティスが気づいたときにはいつの間にかカノンの指先には頬にかかる一房が気になるのか無意識なのか、指先でくるくる巻いては解き巻いては解きしている。
『あの一房になりたい…カノンの白い指先で揉みくちゃにされたい…さもなくば、あの一房に口付けしたい』
ラダマンティスがひとりもんもんと妄想をたくましくしている間に今日の分の仕事のめどが立ったのか、カノンが席を立ってこちらへやって来る。
「何を難しい顔してるんだ?折角入れてやったコーヒー飲んでないじゃないか。…悪かったな、ここにはお前の好きな紅茶は置いてないんだよ。」
「いや、それは別にかまわん」
軽く首を振って否定するがなんとなく頭の中の妄想を読まれたような気がして、照れ隠しにいつもより環をかけてぶっきら棒になってしまう。
いくらなんでも好きな紅茶じゃなくて、コーヒーを出されたからと言って機嫌が悪いわけではないのだが…。それほど単純な人間だとでも思われているのだろうか…。其れは其れで哀しいものがあるが…。
そうとは知らぬカノンはラダマンティスの手から冷めたコーヒーのカップを取り上げて、ごくごくと一息に飲み干してしまった。
(か…間接キス…)
ラダマンティスの沈黙を勘違いしたのか、カノンは不思議そうに首をかしげている。
「飲まないのならもらっても良いかと思ったのだが、いけなかったのか?…それは悪かったな。新しいコーヒーを入れようか?それとも、外へ食事にでも行くか?」
ラダマンティスが後者を選んだのはいうまでも無い
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