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「風紀のやつらにさあ、カラスプでぶしゅーってやられちゃったんだよねぇ。もーまじ意味わかんねえしさあ、しかも俺だけ!」


「こうなったら元くんも真っ黒黒にしてやるぅー」そう襲い掛かってくる神楽の顔を手で押さえながら、俺はゆっくりと上半身を起こす。
どうやら神楽の黒髪の原因は染髪スプレーを使われたからのようだ。
神楽だけっていうのが気になったが、俺にまでその被害がなかっただけましだろう。

ふがふが言ってる神楽から視線を外し、俺は辺りを見渡した。
見る限り、先程の仰々しい集団は見当たらない。
ここが風紀室ではないことは一目瞭然だった。
きちんと片付けられ、物が少ないがどこか堅い雰囲気のある風紀室とは対照的に散らかっててなんだかよくわからない雑貨や家具などの私物で埋まったその部屋は言うならばゴミ屋敷。
ベタベタとポスターが貼られた壁には『生徒会最強』と下手くそな字で書きなぐられており、なんとか目が痛くなるような配色の家具で埋まったこの部屋が生徒会室的ななにかだということがわかる。
天井からぶら下がる色つき電球といい、部屋に充満した香水やらアルコールやら煙草の煙やらイカやら食べ残しの生ゴミやらが混ざったような悪臭といい俄信じたくないが残念ながら生徒会室のようだ。
もう一度言おう、このゴミ屋敷は生徒会室だ。


「……尾張君、目覚ましたんですか?」


悪趣味な原色の革ソファーに寝かされていた俺はふと聞こえてきた弱々しい声のする方を見る。
そこにはどっかで見覚えがあるけど名前が思い出せない、そんな印象の薄い顔をした青年がいた。
あれ、まじで誰だ。
照明のせいでまともに利かない視界のお陰もあってか名前が出てこない。


「えーっと……」

「……岡部です」

「ああ、そうだった。岡部だ」


「わりー名前覚えんの苦手でさ」そう影が薄い青年もとい岡部直人に笑い返せば、岡部は少し面白くなさそうな顔をして「気にしないでください」と答える。
やはり、周りと比べて癖がないせいか結構扱いにくいキャラのように感じた。
それもそれで悲しいが。


「俺、途中から記憶ねえからよくわかんねーんだけどさ、結局なにがあったわけ?」


本格的に苦しそうにもがき始める神楽から手を離しながら、俺は現時点で生徒会室にいた三人に目を向ける。
岡部と神楽の二人はともかく、能義に関してはなんでここにいるかわからない。
いや、生徒会室に生徒会役員がいるのは当たり前か。


「では、元さんには私から説明させていただきましょう。風紀には会長を押し付……いえ、会長に任せて三人を回収させて頂きました。因みに私はただのサボりです」


すごく分かりやすい説明だった。
特に最後。

いつもと変わらない調子で続ける能義は「お礼なら会長たちにお願いしますね」と微笑んだ。
……たち?
能義の言葉に違和感を覚えた俺は、風紀室にやってきた生徒会長・政岡零児と一緒にいた生徒のことを思い出す。
そう言えば、前に五十嵐から舎弟のことについてちらっと聞いたな。
俺からしてみれば親衛隊と言った方がしっくりくるが、あれもきっと政岡の舎弟だか親衛隊だかなのだろう。
お礼を言うにも、本人たちが見当たらない今どうしようもない。


「それで?政岡たちは?」

「さあ?その内戻ってくるんじゃないでしょうか」


尋ねる俺に対し、能義はそう対して興味無さそうに続ける。
そんなアバウトな。

と、そこまで考えて俺は重大なことに気付いた。


「つか、今何時なわけ?」


結構な時間眠っていたような気がする。
未だふわふわした感覚の中、俺は恐る恐る能義に尋ねた。


「今は、六時ですね」


しかし、それに答えたのは岡部だった。
制服から携帯電話を取り出した岡部はそう答える。
風紀室に連れていかれてから然程時間はかかっていないことを知った俺は安堵で全身から力が抜けるのを感じた。
自分と岡部がこうして生徒会にいる今、岩片の見張り……いや、護衛がいないことになる。
一時安堵したがなにを仕出かすかわからないあのもじゃが野放しになった今、この一分一秒すら無駄にできない。


「あー……んじゃ、俺はそろそろ戻るわ。会長たちには後でお礼言っとく。なんか面倒かけたみたいでわるかったな」


そうもっともらしい言葉を並べながら俺はソファーから立ち上がる。
その拍子に足元に落ちていた書類に気付かずそのまま踏んづけてしまった。
慌てて足を退ければ、至るところに靴跡にまみれた書類が落ちている。
俺は見なかったことにする。


「えぇ〜元くんもう帰っちゃうのぉー、もっとゆっくりしていこうよう」

「会長が帰ってくるまで然程掛からないと思いますが、待てませんか?」


どさくさに紛れて抱き着いてくる神楽を剥がしながら、俺は「うーん」と苦笑を浮かべた。
自分が狙われていることを知った上でこのまま生徒会室に残るのは得策ではない。
岡部がいるだけまだましなのだろうが、政岡まで戻ってきたときのことを考えるとやはりここに長居する気にはならなかった。
それに、こうしてなにもなかったように話しているが極力能義に近付きたくないのが本音だ。
まあだらだら言っても一番の理由は岩片から目を離したくないからだけど。


「やっぱいいわ。ほら、岩片が待ってるだろうし」


と、言ってから俺は自分の失言に気付く。
いつもと変わらない笑みを浮かべる能義に岩片の名前に僅かに反応する岡部。
そして、鬱陶しいくらい俺にまとわりついていた神楽はピタリと動きを止めた。
微妙な空気に気付いた俺は、このタイミングで岩片の名前を出したことを後悔せずにいられなかった。

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