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匿名主義者の主張
「三年って、え?なんでここいんの?」

「もちろん噂のイケメン転校生を見にきたに決まってんじゃん」


自覚してるがそこまでハッキリ言われるとやっぱり照れるな。
「っていうのは冗談だけど」冗談かよ畜生。


「さっき言ったじゃん、写真写真」

「ああ、あれね。じゃあさっさと撮って早く教室戻ったら?怒られるだろ」

「大丈夫大丈夫!いつものことだから!」


全くもって大丈夫じゃない。
あまりのルーズさに呆れる俺を他所に、五条は「んじゃ、外野邪魔だし場所移動しよっか」といいながら立ち上がる。


「は?移動ってなに」

「ん?写真だって、写真」

「そんだけでわざわざ移動すんの?そんなに本格的な感じなわけ?」

「や、尾張が移動したがるだろうなーって思ったんだけど、めんどい?そんならここでもいいけど」


そう言いながら五条は制服からカメラを取り出す。
おおっなんか写真部っぽい。
笑いながらそれを顔の前に翳す五条は「じゃ、リクエストとかしちゃってもいいかなあ」と尋ねてくる。


「リクエスト?俺に?」

「うん、恥い?」

「結構……。つかなに、リクエストって」

「ううん、まあ取り敢えず服脱いで」

「ああ、服。なるほど。全部?」

「あ、いや着たままで。ちょっとこっちに背中向けたまま机の上に腕乗せて、そうそう、そんでケツを突き出す感じでこっち見てよ。あ、下は膝上まで脱がす感じで「いやちょっと待ってなにこれなんの撮影?」


岩片のセクハラのせいで色々感覚が鈍っていた俺はつい五条の口車に乗せられそうになり、クラスメイトたちの目の前でベルトに手を掛けたところで踏み止まる。よくやった理性。


「いやだから写真だって」

「いやいやいや、なんの写真だよ。しかも注文が多いんだよ」

「だってリクエストだから仕方ないじゃん!我が儘言うなよ被写体のくせに」


畜生被写体様を見下しやがってこいつ。
「誰だよリクエストしたの」そう顔を引きつらせながら問い質せば、五条ははわわと慌てて口許を手で塞ぐ。すごく萌えなかった。


「なあ、誰が写真部にそんなリクエストしたんだよ」

「そんなイケメンスマイルで迫っても言わないからな!なんたってうちの部は匿名主義だからな!言わないからな!」


なにが匿名主義だ。
面倒だから言わないだけだろ。
そうわざとらしく語気を強める五条に、俺はカメラを持つその手を掴み「なあってば」と指先に力を込める。


「……の、能義様ですぅ」


素晴らしいくらいの弱さだった。


「能義?能義って生徒会の?」


予想だにしてなかったまさかの名前に俺は素で驚いた。
まさかここで副会長の名前を聞くハメになるとは。

こくこくと弱々しく頷く匿名主義者は、「能義有人だよ。二年E組生徒会副会長で去年会長との喧嘩が原因で留年した能義様だよ。校内で1を争う実力を持っていると噂だけど喧嘩している姿は一度も見られたことない有人様だよ。因みに趣味は後輩嬲りだよ」とベラベラ個人情報を口にする。
聞いてもないことまで口にする五条に、情報を持っていることが確かなことと五条の意思が豆腐より柔らかいことだけ理解できた。


「なんで能義が……っていうか、そんなリクエストまで受けてんのかよ写真部は」

「いや、受けたのは俺個人。うちの部はまじ健全だよ!ちゃんとモザイク入れるし」


ちゃんと修正はするんだな。そりゃ確かに健全だわってバカか。
あまりにも頭が痛くなる五条の発言についノリ突っ込みまでしてしまう。
わざとボケているのかなと思っていたが、どうやらこいつはまじのようだ。


「じゃあ断ってこいよ。そんなやらしいやつならお断りだから。清純派で売ってくつもりだから俺」

「ええ、ダメダメダメ!尾張に拒否権とかないから!」


さらりと渾身のボケを流されつつ、五条はないないと首を横に振る。
あまりの拒否っぷりにこっちがビビった。そして顔が腹立つ。

……取り敢えず話を聞いてみた方がいいかもしれない。

そう判断した俺は、「なんでだよ」と五条に聞き返す。


「なんでって、そりゃあ……」

「私に弱味を握られている、からでしょうかね。フレーズ的に」


不意に、聞き覚えのある艶かしい声が背後から五条の台詞を遮るように聞こえてきた。
出た、また背後だ。
咄嗟に身構えた俺は、慌てて後ろを振り返る。


「どうですか?新しいお友だちはできましたか、元さん」


いつの間にか俺の背後に立っていた能義は、そう笑いながら尋ねてきた。
「能義」「ふ、副会長ぉ」不意に俺の声と五条の情けない声が重なる。
相変わらず神出鬼没な能義に、俺はじんわりと背中が寒くなるのを感じた。

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