/etc 溶けざる氷(夏←蛮前提花蛮) *夏蛮前提の花蛮です 大晦日でも元旦でも裏稼業に休みは無い。 花月は仕事を終え、既にどっぷりと暮れた夜道を一人歩いていた。既に時は1月1日の元旦になってしまっている。いつのまにか仕事をしている内に世の中は新年を迎えてしまったようだ。 (結構予定より遅くなっちゃったな。) 明日…というより今日もヘブンさんに頼まれた予定があるのにと、少し溜息をつきながら自宅へと急ぐ。今は仕事の関係で、無限城の近くにマンションを借りている。そこで寝起きをして、夜…もしくは朝早く依頼をこなす為にそこから通う生活をおくっている。 (昔とは違うな…) 昔…まだ雷帝天野銀次が無限城のローウァータウンを統治していた時代。その頃の僕は今の生活を予想もしていなかった。一生…雷帝の下で生きていくと思っていたから。自分だけじゃない。士度もマクベスも変わった。そして雷帝も今じゃ無限城にいた頃の面影を感じさせない程に変わってしまっている。変わりすぎなのかもしれないが。 (それもこれもあの男が現れてからか…) 初めて会ったあの時から あの男の存在がグルグルと僕の頭の中を離れない。深く印象づけられる漆黒の髪 誰もが恐れる蛇眼をその青の瞳に宿した男 。始めは雷帝を奪った男だと…あんなにも憎んでいたはずなのに 今は、あの男を知る度に…彼の存在が僕の中で大きくなってきている。 僕の中で彼を大切に思う気持ちが生まれてきてしまっている。 (重傷…ですね。) 自分自身の信じられない感情に花月はそっと溜息をつく。こんな感情…あの男が相手にしてくれるはずなどありはしないのに。 「何、陰気臭いツラしてんだよ。」 「え?」 思考に捕われていた自身にかけられた予想もしなかった声。 ゆっくりと振り返ると、自身の悩を今までしめていたあの男が立っていた。 「かぁー…元旦から仕事かよ。世間様は幸せ一杯って時によ。さみしいねー。」 「…そういう美堂くんは今日は仕事休みなんですか?この前財産ピンチとかなんとか言ってませんでしたっけ?」 「うるせーな!臨時休業だよ!臨時休業!」 見栄を張り、叫ぶ蛮にクスリと笑みが零れる。こんな姿を見れば年相応に子供らしく見えるんだから面白い。 「何笑ってがる!糸巻き!」 「いえ。可愛いなと思いまして…やっぱり貴方は私より年下なんだと改めて思っただけですよ。」 「そんなに離れてないだろうが!」 瞬間カァーと頬が紅く染まった彼に益々可愛いと思ってしまう。 「あれ?銀次さんにいつも可愛いって言われてるのに、どうしたんです?照れるなんて…」 「つっ!銀次とテメェーは違うだろうが!」 ブツブツと呟く蛮に花月はそっと笑う。自分にもこんな表情を見せてくれるという事に嬉しいという感情が溢れた。 「そんな事言うのは、銀次とあいつだけで十分だぜ。」 「っ…」 けれど蛮が発したあいつという言葉に、その歓喜は一気にどん底へとたたき付けられた。 「あいつ?」 花月の台詞に蛮はハッとし、慌てて掌で口を塞ぐ。 「あっ…いや…なんでもねーよ。」 何処か罰の悪そうな顔をする蛮。けれど花月は見逃さなかった。一瞬彼の瞳に宿った陰りを… 「美堂くん…」 問い詰めるように花月は蛮の名前を呼ぶ。そんな花月に蛮はグッと息を詰まらせると、プイッと彼から顔を反らす。けれど暫くしてボツリとその口を開いた。 「夏彦だよ…」 「弥勒の?」 「あぁ。昔…な。」 そう言う蛮は何処か遠くを見つめていて、そんな彼に花月は胸が痛くなった。 「今…は?」 思わず口にしてしまった言葉にハッとするが、既に出してしまった言葉は訂正する事などできない。それに蛮は諦め気味に瞳を細め、 「解る…だろ?」 そして悲しそうに笑った。 そんな蛮の姿についに花月は耐え切れなくなり、グイッと彼の腕を引っ張り、自身の方へと引き寄せる。 「っ!…おいっ?」 そしていきなりの事に慌てた声を上げた蛮の唇を自分の唇で塞いだ。 それは一瞬の触れ合い。 花月は彼に本気で抵抗される前にその身を離した。あまりの事に唖然とした蛮は、自分がされた事を自覚すると、その顔を赤く染め上げる。 「っな!?…何す…」 「したかったからしたんです。それに今日は僕の誕生日なんですよ。」 「はっ?誕生日?」 「はい。だからプレゼントとして、貰っておきますね?」 蛮の唇へ花月は指を這わせ、クスリと笑う。その笑みに蛮は文句とか言いたい事が山ほどあるはずなのに、何故かそれを口にすることは出来なかった。 「ではよいお年を…美堂くん。あっ…それと…」 花月はその口元をあげ、そしてその言葉を口にした。 「愛してますよ、美堂くん。」 背を向け闇へと消えていく花月に蛮はその姿を見つめながらも、その場を動くことは出来ずに、立ち尽くす。 (愛してる、蛮。) こんな時でも、あいつの事を思い出す自分に蛮は軽く舌打ちした。 「っ…どいつもこいつも」 込み上げる感情に、蛮は無視を決め込んで、花月とは反対の方向へと足を向けた。 −あの時から、俺の時は止まったまま− 「夏彦。」 その小さな呟きは、誰にも聞かれる事無かった。 終 |