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★short 33 (2)











 ベルナルドへの報告を終えて、ルキーノは一先ず安堵のため息をついた。やっと書類仕事から解放されると、本来デスクワークよりも身体を動かす方が好きなルキーノは既に頭の中で明日のデイバンを回るスケジュールに思いを馳せていた。

(明日は五時にジャンを起こして、朝一でデイバン港に寄ってから、商談の打ち合わせ・・・あぁ、例のやつも明日中に部下に確認させる必要があるな。)

それもジャンに一回確認してからと、そんな事を思い、ルキーノはジャンの事を思い出して思わず笑みを浮かべた。俺の教育の賜物か、ジャンは最近ますますカポらしく振る舞えるようになってきた。いや、そんな言い方は可笑しいのかもしれない。実際、もう俺には教育係としてジャンに教える事は殆どなかった。初めに出あった頃からは想像もつかないほど、今のジャンはCR:5のカポたるに相応しいピカピカの男になった。ジャンを自身の誇りだと思う一方、その成長を少しだけ寂しいと感じている自分が、なんとも子どもっぽいような気がした。廊下を歩き、自室に戻ろうとしていたルキーノはふと、先程までいた執務室の前で、一度止まった。

(ジャンは、もう戻ったんだろうな。)

まぁ、一応は覗いてみるかとルキーノはそのドアノブに手を伸ばし、捻った。ギッと軋む音と共に、ルキーノは扉を押し開く。室内は既に明かりが消えていて、やはりもうジャンは戻ったかと、ルキーノは一度扉を閉めかけた。しかし、ふと窓際の月明かりに照らされた金色の髪が視界に触れ、瞳を丸くさせる。

「ジャン?」

まだいたのかとルキーノは執務室に足を踏み入れ、ジャンがいるその窓際に近づく。俺の声にジャンも驚いたのか、眼を見開いてこちらに視線をやるが、すぐに口元を緩めて、「ルキーノ。」と、笑みを浮かべた。その笑みにルキーノも苦笑を零し、ジャンの横に立つ。

「何してる?早く寝ろって言っただろうが。」
「・・・・そんな事言ってたっけか?」
「カヴォロ、人の話はちゃんと聞いとけ。」

全くと、呆れた息をつき胸元に常備してあるシガレットケースから煙草を取り出し、口元になえる。手探りで火を探していると、ジャンが自分の煙草に火を入れてくれた事に、ルキーノは「グラッツェ」と礼を口にする。煙を吐き出し、ふとジャンの視線に気がつく。ニヤニヤとした、何かを企んでいそうな意地の悪い笑みに、ルキーノは訝しげにジャンを見返した。

「なんだ、そのニヤケ面。気色わり−な。何企んでる?」
「・・ひっでー言い方。別にアンタの顔見てただけじゃん。」
「そんなの見飽きてるだろ。」
「そうでもないぜ?俺はアンタの面、嫌いじゃないし。」
「あぁ?」

「何言ってんだお前。」と、ルキーノは眉間のしわを深くさせる。そんなルキーノの反応に何が面白いのか、ジャンは意味ありげに笑みを浮かべると、おもむろにジャンの掌が自身の頬へと伸びていた。スルリと手の甲で頬を撫でられて、ジャンのその行動に驚いたルキーノは一瞬だけ固まってしまう。普段ならば、冗談にして返せていたかもしれない。なのにそうなってしまったのは、何時もと違うジャンの雰囲気を肌で感じてしまい、ジャンに呑まれそうになったからだ。ゾワリとした感覚がルキーノの背筋に走る。その感覚を今のジャンに感じてしまった事が、ルキーノには信じられなかった。ジャンの指先はルキーノの頬を辿り、首筋へと移動する。まだ身動きすらとることはかなわなかった。

「ジャン?」
「本当、あんたいい男だな。あいつが惚れるのも無理ねぇーわ。」
「あ?・・お前いったい何を。」
「・・何って・・・そりゃぁさ?」

衝撃は直ぐに訪れた。ガンッと唐突に足を蹴られ、構えも何もしていなかったルキーノの身体は簡単に床へと投げ出される。背後に強い痛みが走ったと同時に、ギュッと何かに両腕を拘束された。ジャンの首元から先程まで結ばれていたネクタイがなく、自身の手首を戒めているものがそれなのだと理解する。あまりの唐突の事に抵抗すらする事は出来なかった。自身の上に馬乗りになっているジャンに驚き、暫くルキーノは呆然と彼を見つめていた。しかしやがて徐々に頭の思考が追いついてくると、眼を細め、鋭い視線でジャンを睨みつけた。

「・・何のつもりだジャン?」
「あんたさ。この状況で、何のつもりもくそも無いんじゃねーの?わかんだろ?」
「つ、お前の悪ふざけはタチが悪いんだ。十分楽しんだろ?そろそろこのネクタイを解け。」
「悪ふざけ?本当にそうだと思ってんのかよ?それとも、まさか自分が犯されるなんて露にも思っていないわけ?」

本当メデタイ頭だなと、何がおかしいのか、それとも馬鹿にでもしているのか、ジャンは笑うと、その瞳をフっと色の無い冷めたものへと変え、ルキーノを見下ろした。

「俺、あんたのそういうとこが、嫌いなんだよな。」
「・・・つ、ジャン?」

嫌いだと言ったジャンの言葉に、少なからず傷ついている自分がいる。そんな自分をジャンに気づかれまいと、ルキーノは眉間に皺をよせ、ゆっくりと息を吐き出し、どうにか表向きには平常心を保った。そんな言葉をジャンに言われるとは思いもしなかった。まがりなりにも教育係という自分の立場故に、ジャンと共に行動し、ジャンと時間を共有する事が、CR:5の幹部連中の誰よりも多いだろうと、思っている。少なくとも、そんなジャンと自分は他とは違う強い絆で結びついていると自負していた。それこそ無二の友人として、もしくは相棒として、そしてパートナーとして。けれどそれは自分の独りよがりで、ジャンは同じようには思ってはいなかったのだろうか。

「・・ほらな。嫌いだって言われても、動揺も何も、顔に出しもしない。いつだって、余裕ぶって、自分自身をさらけださねぇ。」

いっそ殴ってやろうか、そんな事を思っていたが、ジャンの様子にその思いはいつの間にか消えていた。何故だろうか。そんな事を言う彼の方こそ傷ついているように見えるのは。自分を見つめる瞳の中に暗い影を落としているように見えるのは。先程と変わらず、ジャンは笑っているのに。まるで俺がジャンを傷つけているような気がしてくる。

「そんなアンタだから、あいつも魅かれたんだろうけど。俺には理解できねー感覚だけどな。」
「ジャン?さっきからお前何を言って・・」
「まぁ・・どっちにしろ・・」
「つっ!」

スルリとジャンは俺の脚を撫でる。指先でグッと足の間に力を込め、その刺激に俺は呻いた。満足そうに、ジャンは薄く笑みを浮かべた。そんなジャンの笑い方を俺は今まで見たことが無かった。ジャンのそれはまるで同じ顔した別人が表情を作ったような、そんな笑みだった。

「どっちにしろ・・もう、関係ねぇーよな。」














 クラクラとした感覚が身体を侵しているようだった。ジャンカルロは、さ迷う意識の中で、ぼやけた視界をはっきりさせようと緩慢な動作で瞼を瞬かせる。どうしたと言うのだろうか俺は。どうやらいつの間にか意識を手放していたらしい。先程までルキーノと仕事をしていて、彼が俺の執務室から出て行った所までは覚えていた。けれどその後、もう一人の俺と話しをしていて、それからの記憶が無かった。

(あいつと話してたら急に、頭が痛くなって・・それで・・)

やっぱりおかしい。その先からの記憶が無かった。けれどあいつとの会話の途中で意識が途切れたらしいという事は理解出来た。

(何かが・・おかしい。)

ふとした違和感に気がつく。自分の身体への違和感。何かが内側から湧きあがってくるように、身体全体が熱かった。吐き出す息も熱がこもっている。どこかフワフワとした感覚。まるで未だに自分は夢の中にいるような心地だった。手に触れる温もりが一層そのような気分に自分をさせていた。視界が段々とクリアになっていく。

「あ・・」

初めに視界に入ったのは、赤だった。床に広がる赤。驚きのあまりジャンは目を見開いた。普段見上げている男が俺の下にいて、俺に組み敷かれている。普段の彼からは想像も出来ない程に彼のスーツは乱雑に散らばり、彼の肌を覆う白いシャツも肌蹴、乱れている。彼から零れるくぐもったその声は、自分の掌によって口元が覆われているからだ。

「つ・・く」
「・・・ルキーノ?・・つ!」

この状況はいったい何なんだ。カァっと頬に朱が走る。俺の下半身は彼の中を犯していて、俺がつい動いてしまった途端にキュッと彼の中が蠢いた。

「く・・ジャ・・ン」
「・・つ・・」

苦しげに俺の名を呼ぶルキーノを半ば呆然と見つめる。

「お・・れ・・・なのか?」

これは、俺がやってしまったのだろうか。あまりにも現実味が欠けていて、俺の願望が夢を見せているんじゃないかと思ってしまう。それでも、体温も、感触も、全てがルキーノ本人のもので、紛れもない現実でしかなかった。

「ルキーノっ!・・・つ、ごめっ。すぐ・・つ!」
「つ!ば・・か、急に動くんじゃ・・な!」

慌てて彼の中から抜け出そうとして、けれど無理に出ようとしたせいか上手くいかずに、互いに呻く形となってしまった。

「俺・・なんで、こんな・・」

途方にくれた俺の様子を、額に汗をかきながら、ぼんやりと見つめていたルキーノが、暫くして、その厚い唇からハァと呆れたような、何かを諦めたような息を零した。ルキーノはゆっくりと身体を起こすと、おもむろに手を伸ばし、俺の頬に触れる。ビクリとジャンの身体が強張ったのに、ルキーノは苦笑を零し、優しい手つきで撫でた。まるで大丈夫だと安心させるように。

「良い・・ジャン。続けろ。」
「でも!」
「馬鹿・・・そんな泣きそうな顔をするな。むしろ、無理やりレイプされて、泣きたいのは・・俺の方だ・・ぞ?」
「つ、ルキーノ」
「お前は俺の、CR/5のカポが、そんな情けない顔をしてるんじゃない。・・なに、これくらい大したことは無い。俺の頑丈さは知ってるだろう?」
「だけど、俺、俺はあんたを・・」
「俺が良いって言ってるんだ。・・・それに、中途半端なままじゃ・・辛いんだよ、俺も。」

今にも自分の頭に銃つきつけてぶっ放しそうな顔してんじゃねーよ。ほらっと、ルキーノはジャンを落ち着かせるように抱き締めて、ポンポンと背中を軽く叩き、撫でる。ルキーノは優しい。けれど今はその優しさがジャンにはとても痛い。いっそ罵ってくれた方が良いのに。何故、この男は俺をこんな風に優しく扱えるんだろう。普通ならば、怒りで俺を殺してもおかしくない。俺はそれだけの事をルキーノにした筈だ。ルキーノも内心では、取り返しのつかない事をしてしまった俺のことを許せはしないだろう。それでもルキーノがそんな感情を表に出さず、俺に優しくするのは、きっと俺に対する同情心だ。そんな事は解ってはいた。それでも。

「ジャン・・こい。」

ルキーノの心地の良い声に誘われるようにジャンは、ルキーノに顔を近づける。そんな俺にルキーノは僅かに瞼を瞬いて、けれどすぐにそのローズピンクの瞳は細められ、大人しく俺の唇を受け入れてくれた。今は同情でも何でも構わない。現にルキーノは俺に抱かれることを許してくれている。ドクドクと鼓動が鳴り響いている。心までは手に入らないならば、せめて。一夜の夢に浸っていたかった。







 眠ってしまったその男の黄金色の髪をルキーノは見下ろした。自身の掌をその金色に乗せ、そっとすく。相変わらず良い髪しやがってと、ルキーノは苦笑を零し、眠るその男の額に唇を落とした。ジャンが起きないように、そっと先程まで共に過ごしていたベッドを抜け出し、そのままレストルームへと足を伸ばした。鏡の前に立ち、自身の顔をのぞきこむ。あまり良い顔色ではないなと、嘆息をその口元から吐き出した。そして、唐突にせり上がってきた、ものに、ルキーノは咄嗟に口元を掌で覆った。苦しげなうめき声と共に、吐き出されたそれをルキーノは呆然と見つめた。

「お人よし。」

すると、後ろからかけられたその声に反応し、鏡越しでルキーノはその金色の髪の青年を見つめた。無言のまま、不機嫌そうに眉を寄せる。

「そんな風に吐いちまうほど、男に抱かれるの受け入れられないくせにな。あんた馬鹿なんじゃねーの?」
「・・・余計な口出しをするな。慣れないだけだ。・・・・あいつは?」
「あぁ、あんたの大切なボスはぐっすりと。ここでオネンネ中。当分は起きないんじゃね?」

ココでなと、自分の胸を指しながら男は笑う。そうかとルキーノは呟くと、コルクを捻り、水を流すと、その水を口へと含み口内をゆすいだ。

「なぁ、アンタにとってそんなに大切?」

あいつがさ。その言葉にルキーノはクルリとその男に、ジャンと同じ顔をしたそいつに向き直る。

「当たり前だ。」
「あんたが、そんな思いしてまで、守るようなモン?」
「勘違いするな。別に、ジャンにされるのは嫌な訳じゃない。ただ・・」

踏ん切りがつかねーだけで。ルキーノは苦い笑いを浮かべ、開いた掌に視線をやる。勿論男に抱かれる事には抵抗感はあった。けれど、一度は大切なものを守り切れなかった手。手放してしまった腕。それでも守れるものが、こんな俺でも出来ることがあるのなら、と。もう二度とあんな思いはしたくない。あいつをあのまま放っておけるほど、突き放すほど、俺は冷たくはなりきれない。

「約束・・・しちまったしな。」

あいつに忠誠を誓った日。どんな事があっても、カポ・デルモンテのパートナーであり続ける事を。

「それに、心配しなくても俺はあいつに惚れてる。だから余計な心配はいらねーよ。」
「・・別に、アンタの心配してねーって。」
「あぁ、お前の関心はあいつだけだもんな。まぁ。だからと言って・・」

グイッとルキーノはその男の顎を掴んだ。彼は別段驚いた様子も見せず、ルキーノを見つめる。

「いくらあいつの為の行動とは言え、人の事をレイプしやがるとはな。見ろ。お前に縛られた手首に跡がくっきり残っちまってるんだが?どうごまかせと?」
「手袋でも何でも、隠せばいいだろ?」
「簡単に言うな。しかもだ。途中でいきなりジャンのやつと代わりやがって。あれじゃあ、あいつも可哀相だろう?他にやり方あったんじゃないか?」
「いいじゃん。一番てっとりばやかったし。それに、あいつ行動すら起こそうとしないから、むかついてたんだって。」
「俺のことはまるっきり無視か。」
「気にかける必要があるのかよ?」
「ケッバレ。」

ルキーノは仕方無いやつだと笑って、腰を屈めると、そのままその男に唇を寄せる。チュっと軽く触れ合わせるだけのそれだったが、男を驚かせるのに十分なものだった。

「・・・・・。」
「何だその顔は。失礼なやつだな。」

この俺がキスしてやったのにと、不満げにひそめられた眉は、どこか拗ねているようにも見える。けれど今、それをからかってやるほどの余裕は男には無かった。

「・・・あんたが好きなのは、あっちだろ?」
「何言ってる。」

お前もジャンだろうが。ルキーノの当然だろうと言った言葉に面くらったような表情を浮かべたもう一人のジャンはやがて、クククと可笑しそうに笑った。

「ハハッ・・あんた、やっぱいい男だわ。」









 ボウっと真っ暗な視界の中で、明かりが灯る。一燈が俺を導くように、光の中へと進むと、暗かった視界が開けて、その時真っ先に視界に映ったのは俺が手を伸ばしても届かないと思っていたその男だった。彼は眼を細めると、「おはよう、ジャン。」と、俺の頭に手を伸ばして、その手でもって優しく撫でる。まだ俺は夢を見ているのかもしれない。だってこんなにも、触れたいと思っていた男が、今俺の傍にいて、俺だけをそのローズピンクの瞳に映してくれている。「ルキーノ?」と寝起きの掠れた声で彼を呼べば、「何だ?」と、その俺の好きな低いテノールで応えてくれた。何で、と俺が問いかけると、その意味を理解したのか、彼は薄く笑みを浮かべた。ドキリとこんな状況にも関わらず、彼のその表情に身惚れてしまう。あぁ、やっぱり好きだ。俺はこの男が好きなのだ。諦めるなんて出来る筈がない。意を決して、ジャンは唇を開こうとすると、それはルキーノの指先で塞がれる。俺は驚いて、ルキーノを凝視すると、彼はそんな俺に、「んな間抜けな顔するな。」と笑って、俺の唇をなぞった。
そして彼は、フッと表情を消して真剣な表情で俺を見ると、

「好きだ、ジャン。」

それが答えだと、そう言って俺の唇を塞ぐ。ついばむように甘く噛んで、俺を誘うように舌を這わせる。「嫌か?」と、予想もしていなかった状況に何も言えないでいた俺を窺うようにルキーノは、その視線を俺にまっすぐと向けてくる。俺は眼を瞬かせ、緩慢な動作で首を振った。「そんな訳ないだろ。」と、嬉しさのあまり泣いてしまいそうになりながらも、微かに震える手で彼の肩に手をかけ、自分よりも一回りも大きいルキーノの身体を押し倒した。

「ルキーノ。」
「ん?」
「俺も、好き。」
「カヴォロ。遅いんだよお前は。」

二人して笑って、再度互いの唇を寄せ深く口づける。まだこれは夢の続きなのかもしれない。ふとした瞬間に、いきなり覚めてしまうこともあるかもしれない。だけどこの腕に抱えるものも、触れる感触も、このキスも、今は夢なんかじゃない。なら、今この一瞬を大切にしたい。ジャンの頭の中で呆れたようなため息を吐き出したそいつが、けれど微かに笑ったような気がした。














やがて愛しき曙の夢










END








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