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short 32









#ルキジャンルキ(ルキーノ誕生日祝い)

アリーチェ誕のルキーノになります。


















 その日もいつもと何の変わりのない日だった。普段のように朝三時頃にベッドから起き出して、身支度を整える。準備を終え、本部にある自分専用執務室から外へと出ると、部下が既に手配していたタクシーが本部前に停車しているのを眼で確認してにその身を滑り込ませた。運転手に短く行き先を伝え、後部座席に深くその腰を下ろす。港に向かう車内で胸元から煙草を取り出して口元になえた。今日も一日が始まる。ルキーノは静かにそう思った。港に着くと、気の良い漁師たちが自分に声をかけてくるのに返事を返し、こちらも声をかける。生温かい海風に吹かれながら、一通りデイバン港を周り、金をばらまいた後また移動する。教会を周ればシスター達に笑顔を向け、世間話をしながら寄付金の相談を持ちかける。休みなく次の待ち合わせの場所へと今度はタクシーではなく部下が運転する車に乗り込み、その場所へと向かった。そして予定にあった会合、商工会の役員どもの親父連中と互いに顔を突き合わせながら腹の見えないやり取りをする。その時に役員たちに述べられた一日早い祝いの言葉に上辺だけでも礼を言う。パーティーの予定は無いのですかという役員の言葉にそんな暇もありませんしねと苦笑を浮かべた。そうしている内にいつの間にか日も傾き夜になっていた。仕切りの店に顔を出せば、女たちの声に耳を傾け、必要であれば彼女たちに甘い声で囁いた。その時にも述べられた祝いの言葉に笑顔を浮かべ、お礼に頬に軽いキスを送る。俺の誕生日は明日だというのに気が早いなと心の中でそんな事を思ったが、それも腕時計を見やれば、あと数時間後に歳を重ねる時間になっていた。なら彼女達の言葉も仕方ないのかと思い直す。店を何件か周った後、ベルナルドに今日一日の報告の電話を入れると、漸くルキーノは一息をついた。これで今日は一通り終わった。部下は先に返した。今日は一人で歩きたい気分だった。夜風にあたりながら、ゆっくりとデイバンの街を闊歩するのも悪くはない。帰るかと、ルキーノは独り言を思わず零して、しかし一歩踏み出した所でピタリとその場で立ちどまってしまった。まるで迷い子のような心地だった。何故か急に自分の帰る場所が解らなくなった。普段であれば、真っ直ぐ本部に戻っている。けれどそれを躊躇う気持ちが胸の中で疼いた。暫く立ちどまっていたルキーノは漸くその歩を進める。本部がある方向とは逆の方に。途中でタクシーを拾い、ルキーノは運転手にその場所を告げていた。






 金を運転手に握らせてから、タクシーを下りると目の前のその家をルキーノは見上げた。夜中の時間帯だからか、周囲の家も既に電気は落とされていいて、シンッと静まり返っている。ルキーノはその家の扉に近づくと、ズボンのポケットに手を忍ばせて、鍵を取り出した。これを使うのも久し振りだ。普段は持ち歩かず、しまってあった筈であるその鍵を持っていた自分に思わず苦笑を零す。それを鍵穴に刺しこみ、ガチャリと回す。そっと目の前にある扉を押すと簡単にその玄関はルキーノを出迎えた。電気は付いていない。鼻孔をかすめた匂いは以前より埃っぽいような気がした。当然だ。あの日以来、ルキーノはここにくることは殆どしなかった。ここに来れば否応にあの子達のことを思い出す。そして今自分は独りなのだという事を思い知らされる。けれど俺は何故かここに来てしまった。その理由も良く分からない。なんとなくとしか言いようがなかった。ルキーノは廊下を踏みしめて、リビングのあった所へ向かう。壁を探り、カチリと灯りを付けた。パッと明かりはその部屋全体を照らす。電気はまだ止めていなかった。水もおそらくまだ出るだろう。けれどそろそろ止め無ければならない。誰もいない、もう誰も住んでいない場所をいつまでもそのままにしておく訳にはいかない。そんな事を頭の中で思いながら、誰もいないという言葉がチクリと胸を刺した。もう記憶の中でしか会えない彼女達の笑顔と笑い声を思いだそうとして、上手く思い出せなかった。ルキーノは焦燥感と共に、リビングの中央にある暖炉に近づく。その上にある伏せられたそれを立てた。写真立ての中で、シャーリーンがアリーチェを抱えてこちらに笑顔を向けている。写真を撮ったのは、確か俺だったなと微笑む彼女達の姿を見てルキーノはホッと息をついた。
 こんな風に忘れていくのだろうか。あの子たちがいない日常に俺は少しずつ慣れていってしまうのだろうか。それが今の自分には恐ろしく感じた。俺は彼女達がいなくなっても、こんな風に生きている。前に進んでしまう。何故あの子たちだったんだろう。長生きしている人間もいる。あの子たちに比べれば死んでも別にかまやしない人間も腐る程いる。それなのに何故彼女達だったのだろうか。写真立てをそっと元のように伏せて、ルキーノはリビングから出て行った。そして二階にあがる。上ったすぐ向かいには娘の、アリーチェの部屋だった場所がある。階段を上りきり、躊躇いがちにルキーノはその部屋を扉を押し、中へと入った。

(パパ、おかえり。)

部屋に足を踏み入れた瞬間、ベッドに腰かけて笑顔でそう言うアリーチェの姿がふと見えたような気がしたが、それはやはり幻影でしかなかった。記憶の中のそれが思い出のように俺に見せただけだった。

「ただいま、アリーチェ。」

ボソリと小さく呟く。返ってくる言葉も、抱きついてくる小さな体温も勿論なかった。一年前までは当たり前だったはずなのに。カチリと腕時計の短針と長針がどちらも十二を指した。七月二十九日。ルキーノはフラフラと小さなベッドに近づくと、そこに跪き、ぎゅっとべっドの布を握りしめた。

「・・・なぁ、アリーチェ。パパに言ってくれたよな。誕生日はパパも我儘言っていいよって。出来ることがあれば何でもするって。」

なぁ今、無償にお前たちに会いにいきたいよ。そんな事を言ったら、シャーリーンもアリーチェもきっと怒るだろうなとルキーノは自嘲に満ちた苦笑を零した。
 また来年も、またその来年もこんな風に彼女達の事を思いだして、こんな気持ちになるのだろうか。それとも少しは立ち直れて、そんな自分を喜べているだろうか。それともそんな自分を許せないのだろろうか。それは解らなかった。薄暗い室内でこみ上げてくる熱いものを飲み込んで、暫くルキーノはそこから動くことは無かった。





























「ルキーノ。」

ルキーノはその声につられ、閉じていた瞼を開けた。赤髪をゆるやかに揺らし、顔を上げると、眩しい太陽の光に照らされた男の金色の髪に眼を細める。

「ジャン、悪いな時間取らせちまって。」
「馬鹿だな。何言っちゃってんの、このライオンくんは。」

シャーリーン達の墓の前で、蹲っていた俺の背中をジャンは強く叩いた。

「あたっ・・ジャン何すんだ。」

舌噛んじまうとこだったじゃねーかと俺が軽く睨むと、アホな事言うからだろと呆れ気味にジャンは苦笑を零した。そんなジャンに俺もそうだな、悪いと苦笑を零した。

「んで、どうするよ、この後?今日はあんたの好きなように過ごしていいんだぜ?夜はどっか美味いレストランとか手配でもしとくか?」

なんせアンタの誕生日っていう特別な日なんだしという、ジャンの言葉にそうだなと迷うように考えを巡らせた。

「この歳になると、な。あんまり歓迎出来るもんでもないのが、誕生日だしな。」
「来年は三十路だもんなールキーノ。ベルナルドあたりがポンってルキーノの肩を叩いて仲間だなって笑みを・・」
「やめてくれ、死にたくなる。」

げっそりとルキーノは肩を落とすと、ジャンは笑い、それともとニヤリとした笑みを浮かべ、ルキーノの耳元で低く囁く。

「帰って、二人で涼しいとこでエロい事でもする?」
「ははっ、昼からか?」

「俺達らしいっしょ?」
「まぁな。」

それでも悪くはないかと零し、ルキーノは立ちあがった。ジャンと並びながらマーキュリーが止めてある方へと歩を進める。

「そうだ、ジャン。」
「ん、なんだよ?」

俺の言葉にジャンがその琥珀の瞳を向ける。そんなジャンを愛しさと共に俺が見つめると、ジャンが何だよと、頬を微かに朱に染めて照れくさそうに笑った。

「ひとつ我儘・・・言っても良いか?」
「そりゃあんたの誕生日だし、俺に出来ることなら別にいいぜ?」

てか、今日ならなんでもあんたの言うこと聞いちゃいそうだなー俺、何これ愛しい彼女の言うこと全部叶えたくなる彼氏気分?まぁ、あんた男だけどとそんなジャンの軽口に俺も笑い、ルキーノはそれを囁いた。

「キスしてくれないか?」

あと、今日一日ずっと俺と一緒にいてくれよ。ルキーノのその言葉にジャンはきょとんと眼を丸くさせる。そしてバーカと甘い表情を浮かべると、俺の頬に手を伸ばした。

「そんなん、何十回でも何百回でもしてやるっつの。」

ジャンは笑いながら、俺の願い通りそれを叶えてくれた。今の自分を俺は好きだと思う。ジャンを好きになった自分も、こうやってジャンと一緒に笑えるようになった自分も。ジャンと共に過ごすことで俺は、自分を許せるようになった。痛みはある。古傷が疼く時もある。けれどジャンの存在が俺に勇気をくれる。ジャンはそんな俺を受け入れてくれる。それがこんなにも幸福なことなんだと。一時期は信じられなくなっていた神の存在をもう一度信じたくなった。

「ジャン。」
「あ、なんだ?」

唇を離して、身体を離す。互いに熱くなった身体を鎮めるために再び歩き出す。一緒に並んで。

「ジャン・・来年は・・」

未来の話をするのはあまり好きではない。日常はすぐに変化していく。今の日常がそのまま続くなんてことはけっして無いのだ。ルキーノは思わず言い淀む。その先の言葉を言うのが少しだけ怖く思った。それでもこいつに伝えたい事が今の俺にはあった。

「来年は・・」
「なぁ、ルキーノ。来年は俺も一緒に娘さんの誕生日祝ってもいいか?」

ルキーノが言おうとした言葉より先にジャンが言葉を被せる。ジャンの言葉にルキーノは驚きで眼を見開いた。当たったか?とジャンは少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべた。

「良い・・んだろ?」
「つ・・・あぁ。」

ルキーノは薄く笑みを浮かべ、空を見上げた。どこまでも広がる青が目の前に広がった。

「あの子も、きっと喜ぶ。」

そう口にすると、ジャンはニっと笑って、ルキーノの肩を叩いた。















未来の話をしよう
(一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に馬鹿な話をしながら。)






END
Buon compleanno  Luchino !

(こんな内容でも祝ってるんです。)





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