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short 12




#イヴァルキ

























 それは調度雨の日だった。部下の走らせる車の座席からふと、流れる景色の中にそいつを見つけてしまい、イヴァン・フィオーレは思わず眉をしかめた。ひときわ目立つ長身と赤髪の男。ルキーノ・グレゴレッティーが、部下さえ連れずに一人でその歩道を歩いていた。手にはグレーの傘をさし、そしてその逆の手には、花束が二つ。女への貢ぎものにしちゃあらしくねーな花束なんてよと思い、直ぐにその口元を不快気に歪めた。そんな風に一瞬でも奴の事を考えてしまった自分にファックとイヴァンは小さくその口元から零し、部下に何時ものように適当に車を流すように言うと、イヴァンはその眼を閉じた。
































「よぉー帰ったぜー。」
「ん、お疲れちゃんイヴァン。」
「何だ、早かったな。」

イヴァンがシノギを終え本部へと戻ってくると、ボスであるジャンカルロと筆頭幹部のベルナルドが帳簿と睨み合いの作業を一旦止め、イヴァンの方へと顔を向ける。イヴァンはドカリとその部屋のソファーへとその身を沈めると、彼の部下にウイスキーを持ってくるように支持を出し、ダラリとその場で姿勢をくずした。

「あぁー割と早く片付いた。取引相手のあの今にもションベンちびりそうな顔。お前らにも見せてやりたかったぜ。ありゃ、三下だな。」

行儀悪く足を机の上へとかけ、今日の取引への成功を上機嫌に話すイヴァンに、ジャンとベルナルドは呆れたような苦笑をその口元に浮かべた。

「おいおい、手加減したんだろーな?びびって逃げられでもしたら、大損するっつのに。」
「それは勘弁こうむりたいところだね。」
「そんなに、脅してねーよ。手加減無しなら、今頃あの野郎首吊ってるぜ?」
「おー怖っ。」

ジャンがイヴァンの言葉におどけたようにそう言うと、調度その時イヴァンの部下がウイスキーを運んできた。ならここで少し休憩を取るかとベルナルドが言い、二人はイヴァンの目の前のソファーに並んで腰を下す。

「ところでよ、なんで今回俺だったんだよ?こういうのは、ルキーノの野郎が担当だろーが。」

グラスを傾けながらのイヴァンのふとした疑問に、あぁーその事かとベルナルドは肩を竦める。

「勿論日取りが合えばルキーノに行ってもらう予定だったんだが、今日の取引は急に決まってね。流石にルキーノが前々から取っていたオフを仕事で潰すわけにもいかないだろう。」
「はぁー?こちとら忙しい時期だってのにオフだぁー?ファック!ふざけてんじゃねーぞあの野郎。」

イヴァンがそうルキーノへと罵倒を零すと、その言葉にジャンとベルナルドは微妙な笑いを浮かべた。その様子にイヴァンは怪訝そうに視線を二人へと注ぐ。

「仕方ねぇーよ、今日はさ。」
「何だよ?何か特別な日でもあんのか?」

訳わかんねーと、イヴァンが呟くとベルナルドが代わりにその答えを呟いた。

「命日だよ。ルキーノの奥さんと娘さんのな。」

ベルナルドの言葉にイヴァンの頭に先ほどの雨の中で花束を二つ持って歩いていたルキーノの姿が過る。だからかと、先ほど感じた違和感に納得し、空になったグラスに再びウイスキーを注いだ。さっきのあれは、調度墓参りにでも行く途中だったんだろう。女は女でもあの野郎にとってはそこらへんの女共とは訳が違うか、と少しだけ薄暗い感情が過る。そんな自分に苛立ち、それをごまかす為にイヴァンは手もとのグラスを一気に喉へと流しこんでいた。




























 本部から自身の隠れ家へと戻る為、イヴァンは再び外へと出て部下に行先を告げ、車へと乗り込む。先ほどあんな話を聞いちまったせいか何処か釈然としない気分に、イヴァンはファックとその口元から罵倒を零した。あの話を聞いて余計に先ほどのルキーノの花束を持っていたあの姿が気になってしまっていた。くそ、あの野郎とあんな事があってからどうも調子が悪い。あの事故であの野郎とキスしてしまった時の事を思いだして、あぁーくそっ!と、イヴァンはその光景を振りはらうように、頭を横へと振る。

「どうしました、ボス?」
「っつ、何でもねぇー、出せ。」

イヴァンの様子に訝しんみながらも、はいとイヴァンの言葉に部下は返事をして車を走らせ始めめた。イヴァンはどかりと座席へと腰を下ろし、ふと窓際を見た。流れる景色は普段のそれより些か暗い。空を厚い灰色の雲が覆い、未だに雨は止む事なくザーザーと振り続けている。

(こんな日に墓参りなんぞ、あの野郎も世話ねぇーな。)

くそっ、認めたか無いがどうやら今日はどうやってもその思考に頭が動いちまうらしい。イヴァンは悔しげに口の端を噛むと、暫くして諦め気味にその口元から息を吐き出した。意外に俺は気にかけちまうタイプだったらしい。おそらく俺の、普段いけすかね−イタリア系マフィアの典型なあの野郎への印象が強すぎるせいなのかもしれない。だから普段自分が思っているようなそれとは違う一面を見せられると、どうにも調子が狂うのだ。あの野郎は時に自分を罵る事もあるが、けれど日常でのさりげない言葉にルキーノの自分への信頼も感じることもあるから、イヴァンにとってルキーノは訳が解らない存在そのものだった。掴みどころのないそれは、なおさらイヴァンのルキーノへの反発を生んでいた。傲慢で鼻にかかる、ムカツク野郎。けれどイヴァンのルキーノへのその印象はあのルキーノへのゴシップがデイバンに流れたあの件から少しずつ変わってきていた。ルキーノにも人間らしい弱さはあるのだという事に気づいてから、ルキーノに対するイヴァンの見方が変わった。意外にあいつは脆いんだよという、いつぞやジャンが言った言葉にその時自分は何だそりゃと鼻で笑っていたが、今はそのジャンの言葉にそうなのかもしれないと思い始めている自分がいる。だからあの時も、もしかしたら俺はあの野郎の弱ってる姿に苛立っちまって衝動的にあんな事しちまったのかもしれない。たく、なんでこんな事ウダウダ俺は考えてんだか、らしくねーと、イヴァンが頭を他の思考に切り替えようとしたその時、視界に赤いそれが見え思わずイヴァンは部下に止めろと叫んでいた。ファック!何やってんだ俺は、と瞬間後悔したが、一度車を止めた手前、部下に何でも無いとは言い難かった。シットと小さく呟き、イヴァンは車体を降りると、部下に此処まで待つように指示を出し、代わりに部下から渡された傘を開いて、先ほどの光景を見た場所へと足を進める。暫く歩いて、見えたそれにイヴァンは思わず、罵ってやりたくなるそれを寸でで我慢した。

「何、やってんだテメェーは。」
「イヴァン・・?」

その自分の声にその男はールキーノ・グレゴレッティーはベンチに座ったままこちらを向き、心底驚いたような眼をこちらへと向ける。傘はさしていないまま、ずぶ濡れ状態でのルキーノの姿は、普段のそれとは想像もつかない程で、何処か滑稽にも見えた。

「イヴァン・・・どうして此処にいる?」
「ファック、それはこっちの台詞だこのボケ。そんな姿シノギの女共に見つかって何思われるか解んねぇーぞ。」
「ははっ・・・そうだ・・な。流石に、みっともないか。」

そうやって、普段のように笑いルキーノはベンチから立ちあがる。その姿にイヴァンはどうにも胸糞悪い気分が湧きあがった。何笑ってやがる、嫌なことがあったんならそれなりのしょぼくれた顔しやがれってんだ。そんなことを考えた自分にイヴァンは一瞬戸惑った。あの野郎が弱ってるのにムカついていたハズなのに、今はその弱ってる姿が見れない事にムカツクなんて、矛盾してるだろ、訳が解らねぇー。そんなイヴァンの思いに反して、ルキーノはスッと姿勢を正していつものシャンとしたコーサ・ノストラとしての男へと戻る、先程のずぶぬれになって沈んでいた奴の姿は感じさせなかった。その事に余計苛立ちを感じるが、それ以上は言わないでおいてやった。

「本部に戻る。」
「はぁー?そんなナリでか?」
「そんな訳ないだろ。一端着替えてからだよ。まぁ、雨も滴る良い男ではあるがな。」
「・・・アホだろ、てめぇ。」
「うるさい。お前にだけは言われたくねぇーよ。」
「あぁー?んだと!!?」
「・・・悪い、冗談だ。」

ルキーノは一瞬だけその顔を泣きそうに歪めて、仕方なさそうに笑うと少しだけ俯いてイヴァンの腕を握ってから。

「グラーツェ、イヴァン。」

小さくではあるがイタリア語でそう呟いた。

















変化
(その言葉に少しだけ口元を上げた自分がいた。)








END







あきゅろす。
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