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short 7




#イヴァルキ












 



何故こうなったかなんて解らない。相手の舌が無遠慮に自分の口内へと侵入し、荒々しく中をかき回してくる。けして上手いとは言えない動きだが、動揺も手伝い、思考を麻痺させるには充分だった。互いに冷静さを欠いていた。売り言葉に買い言葉。普段なら、流せる奴の態度が流せなかった。何故こうなったのかは、眼の前の野郎の頭を覗いて見ないことには解らない。解りたくもなかった。きっと奴自身も、解っていない。衝動的な行為が何よりの証拠だった。暫くして離れた瞬間、奴は、己の行動が信じられないとでも言うかのように、目を見開いて身体を固まらせる。信じられないのは、こっちだカーヴォロ。そう言ってルキーノ・グレゴレッティーはその相手、イヴァン・フィオーレに心の中で罵倒した。









 悪い事は間の悪い時にこそ起こるものだ。現ボスであるジャンカルロが掃除屋と共にニューヨークへと赴いていた折、ルキーノは二年前の妻子の件をネタにGDから攻撃を受けていた。現ボスがこの場にいない今、主に幹部だけの力で抑えなければならない。ルキーノはこれは自分の問題であると、自ら対応にあたっていた。仲間達には迷惑をかけたく無かったのが理由だった。しかし思いも裏はら、状況が一向に好転しないまま時間だけが過ぎていった。

(ルキーノ、お前大丈夫か?)

 会議中にベルナルドから自身を案じる言葉をかけられた時、流石のルキーノも動揺を隠せなかった。ベルナルドには問題ないとは言ってみたものの、上向きしない状況に、判断力も普段のそれとは言い難かったのを自覚していたからだ。けれどルキーノはこの件で誰も煩わせたくなかったし、義親父であるアレッサンドロ顧問にも迷惑はかけたくはなかった。償いの気持ちも、もしかしたらあったのかもしれない。あの人は人の感情に敏い。普段と変わりなく接してくれているアレッサンドロ顧問は自身の想いに気づいて、何も言わないでいてくれるのかもしれない。それは正直有り難いことだったが、同時に複雑だった。
 最近まであの人をどこか信用仕切れていなかった自分をルキーノは知っている。自分の妻子を手にかけたのはもしかしたらあの人なのかもしれないと疑ってしまった。今思えば親父が彼女たちを手にかける理由など無かったのだ。親父は彼女たちを本当の娘のように可愛がってくれていた。けれどあの頃のルキーノは誰かを理由にしなければ、思いの矛先をどこに向けていいか、解らなかったのだと思う。オメルタに叛く気持ちを心に持ち合わせていた馬鹿な自分を親父は受け入れ、許してくれた。それだけで俺には充分だった。あの人に自分の事でこれ以上何かを背負わせる訳にはいかなかった。今回の件とて例外では無い。二年前の事は、自分と親父そしてカヴァッリ顧問、現ボスであるジャンカルロの四人がその事実を知っていて、他の幹部共には知らせていない。だがその事がむしろ、ルキーノに現状に立ち迎える気力を持ち続けられる力を与えていたが、過去の事を蒸し返されて、自分がいつまでも冷静でいられるかと言われればそれは無理な事だったのかもしれない。










 会議終了後、ルキーノはベルナルドの仕事部屋から会議室へと足を向け、どかりと部屋のソファーへと腰を下ろした。長い息を口元から吐き出し、煙草をなえて一服する。

(・・・少し疲れた、な。)

件での新聞屋や商工会、警察への根回しや、情報の出所は部下に探らせている。紙の流通業者にも部下を張りこませた。これで敵の尻尾くらいは掴めるはずだ。ルキーノが指揮る店等への対処は彼自身が直接回る事で、とりあえずは場を収めている。しかし、ここ最近で出回っているルキーノへの誹謗中傷を受けての不安や動揺は、この程度の対処では根本的な解決にはならないだろう。何を思って、GDの奴らはルキーノの過去を餌に仕掛けてきたのか知らないが、少なからず内部の情報が漏れているのだとしたら、今、デイバンに現ボスのジャンがいないこの時期を、絶好の好機と見て仕掛けてきたという事だ。まったくゲスの輩でも頭の回る指揮官もいるもんだ。おかげでテメェーの心に大ダメージだ、くそったれ。口汚くルキーノはGDへの罵倒を心の中で呟くと、短くなった煙草を押し潰して、二本目のそれを口になえた。そこへ、ドタドタと何事かと思う程の足音が近づいてくる事にルキーノは気づく。その足音から主が連想出来てしまい、ルキーノは眉をしかめた。数秒もしないうちに乱暴にその扉が開け放たれる。全く、普段からもう少し静かに出来ねぇーのか、この馬鹿は。

「あぁー!?んだよ、何でテメェーこんなとこにいやがんだ?」
「俺が此処にいたら、何か不都合でもあるのか?」
「大有りだ、このボケ。こんなとこでさぼってねぇーで、さっさと店まわるなりして収拾つけてこいってんだ。」
「お前に言われんでも、既に対処してる。今は部下の情報待ちついでだ。」
「はっ・・そりゃあお気楽なこったな。」

ルキーノはイヴァンの言い方にピクリと、一瞬その眉を上げたが、煙草の煙を口から吐き出してなんとか怒りの感情を抑え込んだ。なんでこいつは、こういう気になる言い方しか出来ないんだ。

「で、お前はいったい何の用だ?まさか俺に喧嘩売る為とか言うんじゃねーだろうな?」
「はぁ!?誰が、んなくだらねぇー事言うかよ。」
「お前の態度はそういう風にしか見えん。」
「てめぇー・・・喧嘩売ってんのか!?」

それはお前だろうという言葉をルキーノは飲みこんだ。こいつと会話を成立させるには多少なりともこっちが大人になってやらんと、進まんからな。しかし、こういう最悪の気分の時にイヴァンの存在は煩わしいったら無い。

「で、何だ?」

イライラした気分のままルキーノはイヴァンに言葉の先を促す。

「あぁ、ベルナルドがテメェーに伝え漏れがあったつーから、わざわざこの俺が伝えにきてやった。有り難く思えよ。」
「・・・最初からそう言え、この馬鹿。」

素直じゃないのか、だだ何も考えていないだけなのか。盛大に溜息ついてやりたい気分だった。イヴァンから渡されたものを開き、走り書きされた文字をさっと目で追う。メモには、夜7時にとだけ書かれてあった。おそらく、俺が頼んでおいた紙の流通業に何か引っ掛かったのかもしれない。

「まさかまだ此処にいたとは思わなったから、拍子抜けしたんだよ。一回外出ちまっただろうが。」
「それで、やつ当りか・・」
「うるせーよ。」

そう言いながら、わざわざイヴァンが仲介してくれるとは思わず、ルキーノは驚いていた。まさかとは思うが、気を使わせたのだろうか?あのイヴァンがとは思うが。

「んで、状況は?どうなってんだよ?」

ガシガシと、自身の水色の短髪を乱暴に掻き混ぜながら、向かいのソファーにイヴァンは腰を下ろす。その際にルキーノが手に持っていた煙草の箱から一本さらっていった。勝手にとは思ったが、敢えて言わないでおいた。

「さっきの会議で話した通りだ。」
「てめぇでケリつけるみたいな事ぐらいしか言わなかったじゃねーか。」
「それで充分だろう?お前らに迷惑はかけねーよ。」
「かけねーとか、かけるの問題じゃねーよこのボケ。確かに、テメェーのシマを襲ってるのは事実だかんな。けど実際問題、俺のシマまでクソッタレGDのやつらの手が回るのは時間の問題だっつー事だよ。」
「それは・・解っている。だがな、今はまだあの豚野郎共は俺だけを対象に仕掛けてきてるんだ。お前には・・」
「つったって、状況は変わってねぇし、むしろ悪くなってるじゃねーか。てめぇの幹部の立場はお飾りかよ??」

関係無い。そう自身が言う前に奴にそう言われ、ルキーノはグッと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。確かに、状況は悪くなっている。部下に探らせていると言っても、未だ敵の目的も、情報の出所も掴めず、シマは次々と襲われている。イヴァンの言う事も解ってはいるのだ。

「あーだこーだウジウジしやがって。女かてめぇーは。気色わりー。」
「なん・・だとっ・・」

イヴァンの罵倒に、ルキーノの眼色が変わる。奴のの言葉に普段ならば、流すことも出来ただろう。しかし今のルキーノは普段の精神とは言い難い状態だった。イヴァンの言葉に珍しく反応してしまう程には。

「ウジウジ・・だと?」
「あぁ。テメェー指揮りの女たちにその姿見せてやりたいぜ。」
「ハッ、みくびるなよ。レディー達と俺の信頼関係は固いぜ?俺に惚れていない女もいない。お前と一緒にするな。」
「そりゃーどういう意味だ!?」
「そのままの意味だが?すべての女を惚れさせるなんぞ、どこぞのチンピラ風情には出来ないだろうがな。」
「てめぇー言わせておけばっ!!俺様のテクにかかれば、女共なんかあっという間のメロメロだぜ?」
「ほぉーお前が言うテクというもんがどの程度なのか一度見てみたいもんだ。ハッ、どうせ大した事ねぇーだろうがな。」

侮蔑を含んだ言葉を紡ぐと、イヴァンはワナワナと口を震わせ、全身が逆立てているネコのような様になっていた。反してルキーノはイヴァンと言いあいをしている内に、頭は冷えていっていた。なんで俺はこんなくだらねーことをしてんだと馬鹿らしくなってくる。そう思いつつ、先ほどまで抱えていた鬱憤とした気分は不思議な事に無くなっていた。イヴァンとの遣り取りがはけ口になったらしい。こんな事に役立つとは思わなかったと、失礼なことをルキーノが考えていると、唐突にグンッと自身の襟元を何かに捕えられた。

「は?」

そして、目の前に血走ったような表情のイヴァンがいる。どうもおかしい様子にルキーノは怪訝な声をあげた。

「っ・・おい、イヴァン?」
「それだけ気になるんだったら、証明してやらぁー!」
「なにを・・」

だ、言い終わる前にそれは強引に塞がれていた。ルキーノ自身も信じられない出来事が目の前で起きてる。

(嘘・・だろ、おいおい。)

この単純馬鹿。何でそんな思考になるんだ。他にやり方があるだろう。そんな様々な思いと、驚きで、口内に侵入を許してしまったイヴァンの舌が、自身のそれを捉える。

(っつ・・やばい、意外と。)

上手いと言うほどでは無いが、粘膜同士のやり取りならば、男も女も同じだ。体力的にはイヴァンより自身の方が上だと自負していたのだが、あまりの出来事に抵抗する事を忘れていた。しかし、漸く我に返ると、ルキーノはイヴァンを渾身の力で引き剥がした。

「っつ・・おい、イヴァン。」
「・・・あ?」

イヴァンは漸く我に返ったのか、自身を暫くアホ面で見た後に、サッと青くなったかと思うと、顔を次第に染め上げ、身体を固まらせていた。

「嘘・・だろ。」
「馬鹿か・・・お前は。」

それはこっちの台詞だ。馬鹿足れ。ハァーと、ルキーノはそんなイヴァンの様子に盛大な溜息を吐いたのであった。









衝動
(それがきっかけだったのかもしれない)



END
(初イヴァルキ)




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