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睡余までもが優しかろう




身長を伸ばすには如何すればいいのかと、割と切羽詰ったような顔で問われて、政宗は固まった。勿論、呆気にとられて、である。だが、向かいで畳の上に正座する家康はまた別だった。激しく悩んだ末に、という顔で俯いて固まっている。

「まぁ………食えよ」
「お、おう…!」

目の前に並べたずんだ餅を家康に勧め、とりあえず政宗も匙を手に取ってみる。『貴殿に伺いたき儀あり。訪い許されたし』と改まった書状があったものだから、一体何事かと思っていたのだが……それが斯くの如しである。物憂げにずんだ餅を頬張る本人は至って真剣な面持ちで、しかし政宗はどうしても拍子抜けした感が否めなかった。

「伺いたき儀ってのは、それか?」
「………そうだ」

またしても家康は苦虫を噛み潰したような顔。そうか、と納得してしまえば気持ちを切り替えるのは早かった。一瞬白けた胸の内に、徐々にくすぐったいような感じが湧き上がってくる。確かに、身長は男の重要な悩みだ。年にして僅か三つしか差のない家康の身長は、政宗の胸の辺りまでしかない。幸村に至っては家康と一年の差だ。たかが一年でこれほどまでに身長が違えば、不安にもなるだろう。

「アンタの可愛い家臣は教えてくれなかったのか?」
「皆、その内その内といって、教えてくれんのだ……」
「…………くくっ」
「わ、ワシを笑うのか!?」
「わり、からかってるわけじゃねェよ」

家臣達が言ったことは正論である。家康は成長期が遅れてくる方なのだろう。男は十六から十八くらいに掛けて、一年に三寸近く大きくなったりする。ゆえに一年の差は大きく、三年違う政宗がまるで大人のように見えてしまうのだ。だから家臣はその内その内、と言うのだろうが、家康はそれが自分を気遣ってはぐらかしているのだと思っているらしい。彼の中には漠然と、これ以上伸びなかったらどうしようという不安が巣食っているに違いない。その心中を思うと―――悪いが、笑わずには居られなかった。

すっかり微笑ましい気分になってしまって、知らず気が緩んだ。年が近い割りに家康はどこか幼いところがあって、接していると彼がまるで弟か何かのように感じてしまう。七つ離れた本当の弟よりも、ずっと。

「お前は、片倉殿を見てそんなに大きくなったのだろう!教えてくれ、どうやったらお前みたいに大きくなれる!?」

結局小十郎は越えられなかったがな、という皮肉は言わずにおく。身を乗り出して言う家康の目は真剣そのものだ。折角政宗を尋ねてきたのだ。ならば自分なりに答えてやろうと思い、政宗は緩んだ頬を締め、にっと唇の端を吊り上げてみせた。

「分かった。そこまで言うなら教えてやってもいいぜ?」
「ほ、本当か!?」
「そのずんだを平らげな。まずはそこからだ。You see?」
「わかった!!」

途端家康は目を輝かせて、鶯餡に喰らい付く。あまりに一生懸命食べるものだから、自分の皿も与えてしまった。味わいながら、必死に齧り付き、鼻頭に餡を付けて、家康は二人分のずんだ餅を嚥下した。

「付いてんぞ」
「お?すまんな」

家康の鼻頭を指で拭って、特に何の考えもなしに政宗はその指を舐めた。味見はしていなかったが、まあまあ良い出来のようだ。と、何故か熱っぽい視線を感じる。いつの間にか皿の上を平らげた家康がこちらを凝視していた。

「ん?……ああ、そう逸んな」
「い、いや……!」

家康は慌てた調子で頭を振る。顔が若干赤いような気がするが、逸った自分を恥じているのだろうか。政宗は立ち上がり、家康について来るよう示す。自分よりも若干歩調の速い足音を聞きながら、政宗は城内の見取り図を頭に浮かべていた。陽射しはまだ暖かいが、気温は高くなく風は少し冷たい。未の刻にあって、陽は少し傾いている。南西の部屋がいいだろう。南西にあって、日当たりの良い場所は―――と、その時、角を折れた庭先に刀を振るう小十郎の姿があった。そういえば、あいつの部屋は南西だった。

「Hey!小十郎!」
「……は。徳川殿も。このような所で如何なされました?」
「しばらくお前の部屋を借りてェんだが」
「小十郎の、ですか」

小十郎は刀を下ろして、滴る汗もそのままに生真面目な返答をした。楽しげな政宗の口ぶりから何か感じたのだろう。そのまま溜め息に直結しそうなほど、眉間に皺が寄っている。これは明らかに政宗の悪戯けを警戒している目だ。幼いころに良く見たと、今日は微笑ましい心地で見ていられる。

「如何様にも。しかし、何用で?」
「午睡」
「ご、午睡!?聞いてないぞ!!」

即答にまず反応を返したのは、後ろで黙っていた家康だった。数歩後ろに下がろうとするのを、手首をむんずと掴んで引き留める。家康は諦め悪くもがいているが、足は床を滑っていくだけだった。

「Ah?でっかくなりてェっつったのはアンタだろうが。Babies grow up in their sleep,Okey?」
「は?」
「寝る子は育つ。飯食って寝りゃ誰でもデカくなるさ」
「し、しかしだな!」

ずるずると引き摺られるだけの家康から目を離し、小十郎に向き直る。小十郎は呆れた顔をしていることだろうと思っていたが、予想外にもその表情は穏かだった。驚いて、一瞬家康の手を放してしまい、家康はベタンと音を立てて廊下に這い蹲った。

「……今日干したばかりの布団が、部屋に届いている頃合かと」
「……お、おう」
「夕餉前に、小十郎が起こしに向かいます」
「わかった」

小十郎の視線は政宗と、家康に注がれている。昔から大人に囲まれて育った政宗が、年相応にはしゃいでいる所を見て思わず甘やかしてしまったのか、それとも小十郎も二人を見て兄弟のようだと微笑ましく思ったのだろう。ぬるい視線に今さらながらどこか気恥ずかしく、少し上ずった気分になりながら、政宗は這い蹲ったままの家康の足を引っ張って、南西の部屋へと移動する。いでででで、という声が政宗の意識に聞こえてくるまでに少し時間がかかった。

小十郎の部屋は物が無く整然としていたが、差し込む日に温められて穏かな気配を放っていた。先ほど言っていた布団は、部屋の隅に畳まれて置いてあった。障子を閉めて敷布団を放り、その上に家康も放り投げる。家康が動きを起こす前に、掛け布団を羽織って政宗はその上に被さった。

「ま、待て独眼竜!ワシはまだ寝るとは……!というか、一緒に寝るのか!?」
「Ah〜?別にいいだろうが。四の五の言ってんじゃねェ」

わちゃわちゃと抵抗を続ける家康を引き寄せて、腕の中に収めた。思ったより温かい。良い抱き枕になるかと思って午睡を思いついたのだが、正解だったようだ。ぎゅうぎゅうと軽く抱きしめれば、何故か家康の動きは静かになった。五月蝿い声がなくなると、俄かに睡魔が襲ってくる。温かい。そして、どこか落ち着く。

「どくがんりゅ―――」
「寒ィのは……好きじゃねェ」

本当はいつだって、こうしたかったのだろう。一緒に稽古したり、くだらない話で騒いだり、菓子を頬張ったり。いつだって、ほんとうは、そうしたかった。七つ離れた、もういない弟。もう会えない弟。秋風が吹き込む胸の内に、腕の中の温もりが流れてくるような気がした。






「―――ッWait!Wait家康ッ!!」

伸し掛かってくる巨体を支えきれるはずもなく、政宗は布団の上に押し倒される。胸を押さえつけられてはどうすることも出来ない。今、政宗を布団の上に押し付けているのは、あの頃持たなかった朗らかな笑みを湛えた家康だった。

「あ、んた―――っ、いきなり何しやがる…!?」
「ん?いや、一緒に午睡でもしようかと思ってな」

惚けた顔をしてみせる家康の表情は、心底楽しそうだった。楽しくて楽しくて、仕方が無いというような顔をしている。邪気のないその顔に、毒気が少しずつ抜けていくのを感じた。

家康の家臣や政宗が思っていた通り、やはり成長期はやって来た。だが、たかが数年でここまで体格差が付くなど一体誰が予想しただろう。少なくとも政宗はしなかった。いつまでも弟のような大きさかと思っていたら、随分と逞しくなった。政宗の抵抗が腕一本で押さえつけられるようになるまで。

家康は政宗の抗議など問答無用で上布団を掛けてきた。蹴り上げようとして、その足を家康の足に挟まれる。そのまま家康は身体を横倒しにして政宗の横に転がる。布団に頭を付けながら顔を合わせた瞬間、目の前の表情が破顔した。嬉しくて嬉しくて、仕方が無い子供のように。あまりにも嬉しそうで、思わず政宗が動きを止めてしまうほどに。

「ワシはな、ずっと、こうしたかったんだ」

既視感がそっとすり抜けていった政宗の背中に、家康の腕が回ってくる。そしてゆっくり、ゆっくりと引き寄せられた。胸元まで引き寄せられて、それでも政宗はまだ動けなくて、顔に朱が上った感覚を覚える。

「大きくなって、いつかお前より大きくなって、あの日のように午睡がしたかった」

落ち着きを湛えた優しい声が耳を撫でる。家康の太い足が政宗の足を更に絡み付けた。肩も足も引き寄せられて身動きが取れない。けれど、温かい。あの時と同じように。いや、あの時以上に。

ぎゅうぎゅうとこれ以上ないほどにくっ付いてくる。家康の抱き枕になりながら、政宗は少し記憶を辿った。あの時は自分が、こうして家康を抱き枕にしていた。家康も同じ気持ちだったのだろうか。あたたかくて、眠るのが勿体無いほどに胸が満たされて、泣き出したくなるような、こんな気持ちに。

「お前が寒ィと漏らすのが……ワシは好きじゃないんだ」






兄弟のようとはもう言えないけれど、不思議と心はさみしくない。
重なっていく心音を耳にしながら、政宗はそっと睡郷へ向かった。







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