記念リクエスト 1 放課後を知らせるチャイムが鳴る。真仲光佑(まなか こうすけ)は教科書とノートを鞄に詰めると、練習着の入ったリュックを引っ提げあわただしく立ち上がった。 居ても立っても居られず駆け寄ったのは、友人である五十嵐良樹(いがらし よしき)の席だ。 「部活、今日も行くよね?」 同じバスケ部員である五十嵐に、真仲は屈託ない笑顔で尋ねる。 「え? ああ、まあ行くけど。別にそんな急がなくてもいいじゃん」 「いいや急がないと! 先輩たちが来る前にアップしようよ」 五十嵐は困惑気味に言葉を返すが、真仲は気にせず五十嵐を急かした。まるで子供のようなその様子は、ただでさえ小柄で中学生に間違われる真仲の印象を、より一層子供っぽくしていた。 普段は真面目で大人しいタイプの真仲だが、バスケのこととなるとこのようになるのだ。小学生の頃からバスケに打ち込んできた真仲は、高校生になった今も当然バスケ部に入部しており、毎日放課後になると五十嵐を連れ立って誰よりも早くコートへと立っていた。 そして今日もこうして一番乗りしようと、真仲は五十嵐とともに部室へやって来たのだが、この日は珍しく先客がいた。 「それでさ、この前の数学のテストがさ……あっ、松居(まつい)先輩、お疲れ様です!」 真仲は部室のベンチに腰かけている人影に気づくと、丁寧に挨拶をした。つられて五十嵐も挨拶をする。二人の声が届いたのか、その人影はおもむろに顔を上げると、気だるそうに茶色く染めた髪をかき上げながらこちらを見た。 ワックスで固めた髪と、耳にはピアスをつけたいかにもチャラついたその男は、真仲たちの先輩でバスケ部の部員でもある松居和利(まつい かずとし)だった。 「おー、お疲れ。ずいぶん早く来たな」 「はいっ、たくさん練習したくって。先輩も今日は部活していくんですか?」 「まあな、たまには顔出さないといけないし」 やる気にあふれた真仲とはまるで違い、松居はのんきにあくびをしながらダラダラと着替えを始める。見てのとおり松居はバスケに対してそれほど真剣に取り組んではいなかった。部活など週に一回来たらいい方で、もっぱら遊びほうけているという噂だ。 当然バスケ部の中にはそんな松居を面白く思わない人間も多かったが、真仲は松居に一目置いていた。それと言うのも松居のプレーは他に類を見ないほど上手いのだ。それに後輩に対しても気さくに接するため、真仲はどちらかと言えば松居のことはいい先輩だと認識していた。 「それじゃお先に」 松居は一足先に部室を出て行った。ふと静かになった部室に、それまで無言だった五十嵐の声が聞こえた。 「俺、やっぱり松居先輩苦手だな」 「なんで? いい先輩だと思うけどな。バスケも上手いし」 「バスケが上手いとかで判断することじゃないだろ。てかお前知らないのかよ、松居先輩が不良仲間とつるんでるって。俺はこの前先輩が柄の悪い奴らと繁華街の方に行くの見たんだぜ」 五十嵐が難しい顔をしながら顔を覗き込んでくるので、真仲はムッとしたように頬を膨らませた。 「不良とつるんでても別に悪いことしてるわけじゃないだろ。人を見た目で判断したら駄目って習わなかった?」 「あーはいはい、ごめんなさい」 「心がこもってないなあ」 真仲は納得のいかないものを心に抱えながらも、それ以上気にする風もなく着替えを済ませた。 コートにブザーの音が響く。バウンドするボールの音、激しい足音、キュッキュッとひっきりなしに聞こえてくる靴底の擦れる音がパタリと止み、熱気のあふれかえっていた体育館は雑談や笑い声が響くようになった。 部活が終わり、真仲たち後輩部員はボールなどの片づけやモップがけなどを終わらせると、先輩たちが着替えた後の部室へ雪崩れ込んだ。 「ミニゲーム楽しかったなぁ。今日はリバウンドもちゃんと取れたし」 「背が低いのによくやるな。どこにそんな体力あるんだか」 真仲と五十嵐はロッカーの前で汗の染みついた服を脱ぎ、制汗剤を振りまいて、いまだ熱の引かない体からにおう汗臭さを誤魔化した。 先に入っていた先輩たちはすでに着替えを終え、出て行く者もちらほらいたので、部室はやけにガラリと広く感じられる。部活後という解放感もあり、誰もがリラックスした様子で着替えや帰る準備などをしていた。 「そういえばさ、先輩たちの試合見た? 松居先輩すごかったよな!」 真仲はカッターシャツのボタンを留めながら、脳裏に今日あった先輩たち同士の試合の様子を思い浮かべ、興奮覚めあらぬ様子で声を弾ませた。 その試合での松居の活躍は、レギュラーメンバーに負けず劣らずのものだった。ドリブルで華麗に相手をかわしては点を入れ、ディフェンスに回れば相手の隙をついてボールを奪い反転攻勢。 そんな試合を見学していた真仲は、まるでプロチームのスター選手でも見ているかのような輝いた目で、松居の姿を追いかけていた。 「五十嵐も認めるだろ? やっぱり松居先輩ってすごいんだよ! いいなあ、俺もあんなにできたらなあ」 「まずは身長伸ばすところからだな。ちゃんと毎日牛乳飲んでるか?」 「の、飲んでるよ! この前測ったら半年前より0.5cm伸びてたんだ」 誇らしげな真仲は五十嵐が吹き出しそうになっているのも気づかず、胸を張っている。 「へー、まだ成長期?」 二人の間にぬっと首を突っ込んできたのは、すでに帰ったとばかり思っていた松居だった。 突然のことだったので二人は声も出せず、真仲に至っては何故か顔を真っ赤にして酸欠の魚のように口をパクパクと開閉している。 [*前へ][次へ#] [戻る] |