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短編

秋も深まってきたはずなのに、今日のうだるような暑さに永岡康十(ながおか こうと)はうんざりしていた。  

仕事から解放され、ようやく自分のアパートに帰り着くと、まず真っ先にシャワーを浴びるため、汗ばんだシャツや下着を脱いでいく。

服を脱ぎ去り、多少はましになった永岡だが、折悪く携帯の着信音が鳴り始めた。

全裸のまま電話を取るのもはばかられたが、無視するのも悪かったので仕方なくタオルを腰に巻き、携帯を手に取った。

相手は知らない電話番号だったため、少し身構えてしまう。だが永岡は一応出てみることにした。

「もしもし」
「永岡君ですか? 久しぶりですね。僕ですよ、真登です」

聞こえてきたのはあの優しげで、物腰柔らかな真登縁(まと よすが)の声だった。

意外な人物からの電話に永岡は驚いてしまい、なんと返せばよいのか分からず口ごもってしまった。

何故なら永岡は、以前真登と山小屋で出会い、不本意ながら浅からぬ仲になってしまったからだ。

「あれ、僕のこと覚えてますよね? ほら、山小屋であなたと愛しあった」
「うわああ! あ、愛しあってはない! 変なこと言うなよ」

永岡は大慌てで真登の言葉を否定した。その動揺っぷりは電話の向こうの真登にもしっかり伝わっていて、くすくすと笑う声が向こう側から聞こえてくる。

「そうですか? ところで永岡君、突然ですけどそちらへ遊びに行ってもいいですか? 久しぶりにあなたの顔が見たいんです」
「お、俺の顔を? まあ別にいいけど……真登さんはどこか行きたいところとかあるの?」

すると真登は永岡に任せると言ってきたので、しばらく考えた後、見たい映画があるのを思い出しそれに真登を誘った。

「いいですね、楽しみです! それと差支えなかったら、永岡君の家に泊めてもらえませんか?」
「ああ、別に構わないけど」

永岡は二つ返事でそれを引き受けると、会う日と時間を決めた。そして電話を切ろうとすると、急に真登が呼び止めてきた。

「ところで永岡君、銭湯で見知らぬ男性に熱い視線を向けられた時は、どうしたらいいですか?」
「え? 真登さん今銭湯にいるの……それは、まあ無視すれば」

永岡は困惑した。急な真登の質問に対してだけではない。

見ず知らずの男に色目を使われている真登に、嫉妬に似た気持ちが芽生えたことに対してもだ。

心なしか返事も素っ気なくなってしまっている。

「無視ですか。食べちゃ駄目ですか? あの時のあなたみたいに」
「だ、駄目だって! 勝手なことするなよ! ……じゃなくて、そんな誰彼構わず襲ってたら、そのうち捕まるぞ」

思わず本心が漏れてしまい、慌てて訂正する永岡だが、顔は羞恥のため真っ赤に染まっている。

真登はそれを知ってか知らずか、笑って冗談だと言い、別れの挨拶をして電話を切った。

電話が切れた後も、永岡の胸は高鳴ったまま治まりそうになく、頭を抱え悶々としていた。

今永岡の頭の中は、真登のことでいっぱいだった。いくら肉体関係があったとしても、相手は男なのだ。

異性に持つような恋愛感情を、同性である真登に持つはずがない、永岡はそうとしか考えられなかった。

だからこそ、先程のような真登に対しての嫉妬心は不自然極まりなく、永岡の考えをぐらつかせる。

永岡は一通り思い悩んだが、結局のところ考え過ぎだろうという結論に達し、それ以上真登のことを考えるのはやめ、汗ばむ体を洗い流すため風呂場へと駆け込んだのだった。

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