短編 2 正直これ以上、伊利根の理想論を聞かされるのにも辟易してきたので、僕は早々に退散することにした。 「それでは、僕はそろそろおいとまします。何かあったらまた連絡してください」 本音は連絡なんてして欲しくないが、一応リップサービスで言っておいた。 すると伊利根は僕の肩をガシッと掴み、無理矢理椅子に座らせてきた。 「白状すると、私は君のことがとても気に入っているんだ。研究対象としても、一人の男としても」 伊利根はそう言いつつ、僕の頬に口づけをしてきた。 僕はまるで金縛りに遭った時のように動けず、嫌悪感に体をこわばらせた。 恐らく蛇ににらまれた蛙のように、あまりの恐怖に体がいうことを聞かなくなっているのだろう。 「協力してくれないかな? もちろんここでの待遇は良くするよ」 「い、嫌です。放してください、僕もう帰るんです」 しかし伊利根は聞いていないのか、僕の肩を強く握ったまま勝手に話を進めている。僕は本気で身の危険を感じ始めていた。 「すごく可愛いよ、頬っぺたがプニプニしてるんだね……体も敏感なのかな?」 伊利根は僕の耳元でそう囁きながら、頬ずりをしてくる。 手は服の上から体をまさぐり、ワイシャツのボタンを外して中に入ってこようとする。 僕はたまらずその手を振りほどくと、椅子から立ち上がって伊利根をにらみつけてやった。 「僕はもう行きます、今後一切あなたとお仕事することもないでしょう。二度と顔を見せないでください!」 迫力があったかはさて置き、とにかく僕の不快感はしっかりと伊利根に伝わったはずだ。 現に伊利根は何も言わずこちらを見ているばかりで、手を出してくる様子もない。 僕はこの隙にさっさと逃げることにした。やはりこの男、ろくでもないことを考えていたんだ。 脇目も振らずに部屋の出入り口へ向かい扉を開ける。 しかし勢いよく扉を開けた先に待ち構えていたのは、伊利根の部下二人だった。 部下たちは無言で僕を取り押さえると、椅子まで引きずっていき、再びそこに座らせた。 「つれないこと言うじゃないか、赤宗君。ますます燃えてきたよ」 伊利根は僕の目の前のソファーに腰かけ、にこやかに笑いかけた。 僕の頭の中は恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになり、わけの分からない状態になっていたが、かろうじて怒りの方が先行した。 「こんなの違法です! 警察沙汰になったら困るのはあなたの方ですよ。分かったら僕をさっさと解放してください」 だが僕の怒りなどこの男には届いていないのか、僕の憤る顔を愛おしそうに見つめている。 「大丈夫だよ。君もすぐに分かってくれるはずさ、じっくり考えてみてくれ」 伊利根はそう言い、立ち上がると僕をどこかに案内しようとした。 僕も伊利根の部下に連れられて、その後を追った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |