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短編

正直これ以上、伊利根の理想論を聞かされるのにも辟易してきたので、僕は早々に退散することにした。

「それでは、僕はそろそろおいとまします。何かあったらまた連絡してください」

本音は連絡なんてして欲しくないが、一応リップサービスで言っておいた。

すると伊利根は僕の肩をガシッと掴み、無理矢理椅子に座らせてきた。

「白状すると、私は君のことがとても気に入っているんだ。研究対象としても、一人の男としても」

伊利根はそう言いつつ、僕の頬に口づけをしてきた。

僕はまるで金縛りに遭った時のように動けず、嫌悪感に体をこわばらせた。

恐らく蛇ににらまれた蛙のように、あまりの恐怖に体がいうことを聞かなくなっているのだろう。

「協力してくれないかな? もちろんここでの待遇は良くするよ」
「い、嫌です。放してください、僕もう帰るんです」

しかし伊利根は聞いていないのか、僕の肩を強く握ったまま勝手に話を進めている。僕は本気で身の危険を感じ始めていた。

「すごく可愛いよ、頬っぺたがプニプニしてるんだね……体も敏感なのかな?」

伊利根は僕の耳元でそう囁きながら、頬ずりをしてくる。

手は服の上から体をまさぐり、ワイシャツのボタンを外して中に入ってこようとする。

僕はたまらずその手を振りほどくと、椅子から立ち上がって伊利根をにらみつけてやった。

「僕はもう行きます、今後一切あなたとお仕事することもないでしょう。二度と顔を見せないでください!」

迫力があったかはさて置き、とにかく僕の不快感はしっかりと伊利根に伝わったはずだ。

現に伊利根は何も言わずこちらを見ているばかりで、手を出してくる様子もない。

僕はこの隙にさっさと逃げることにした。やはりこの男、ろくでもないことを考えていたんだ。

脇目も振らずに部屋の出入り口へ向かい扉を開ける。

しかし勢いよく扉を開けた先に待ち構えていたのは、伊利根の部下二人だった。

部下たちは無言で僕を取り押さえると、椅子まで引きずっていき、再びそこに座らせた。

「つれないこと言うじゃないか、赤宗君。ますます燃えてきたよ」

伊利根は僕の目の前のソファーに腰かけ、にこやかに笑いかけた。

僕の頭の中は恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになり、わけの分からない状態になっていたが、かろうじて怒りの方が先行した。

「こんなの違法です! 警察沙汰になったら困るのはあなたの方ですよ。分かったら僕をさっさと解放してください」

だが僕の怒りなどこの男には届いていないのか、僕の憤る顔を愛おしそうに見つめている。

「大丈夫だよ。君もすぐに分かってくれるはずさ、じっくり考えてみてくれ」

伊利根はそう言い、立ち上がると僕をどこかに案内しようとした。

僕も伊利根の部下に連れられて、その後を追った。

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