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短編

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。私は伊利根泉(いとね いずみ)といいます」

黒のスーツにフレームの細い眼鏡をかけた男は、自己紹介を済ませると僕に向かって握手を求めてきた。

「……僕は赤宗栄明(あかむね さかあき)です。よろしくお願いします」

僕はなんだかその男に裏がありそうな気がしたが、無下に断ることもできず、その手を握った。

僕が今いるのは、超常現象を研究しているという会の所有する山荘の一室だった。

周りは山に囲まれていて、なるほどここなら怪しげな研究をしても、誰にも気にされないというわけだ。

目の前の、伊利根と名乗った男はその会の代表らしい。

歳は三十代後半くらいだろうか、髪は後ろに撫でつけていて、隙がなく鋭そうな男だ。

「それで赤宗君、少し詳しい話をきかせてもらうけどいいかな?」

伊利根は僕の目を見つめ、にこりと微笑んだ。僕は断ることもなく快諾すると、伊利根はさらに嬉しそうに笑い、話を始めた。

「じゃあまずは、赤宗君は霊能者としてその筋じゃ有名らしいけど、実際はどうなんだい?」
「僕は少なくとも、そういう第六感のようなものは持っていますよ。でもあくまで主観ですけどね。あと有名という程ではないです」

僕は変な誤解を受けないよう、極力言葉を選んだ。

伊利根は今回、心霊現象についてプロに意見を聞くため、霊能者である僕をこんな山の中に呼び寄せたのだ。

だからここで妙な事を言って、トラブルになるのだけは避けたかった。

こんなところで何かあれば、あたりは深い山の中、逃げ場はどこにもない。

そんな緊張感の中、僕は次々に浴びせられる伊利根の質問に、事細かく答えていった。

一通り質問が終わると、伊利根は少し休もうと言ってソファーから立ち上がり、窓を開けて風に当たった。

外はもう真っ暗で、虫の音が聴こえてくる。

僕は面倒くさかったので、来客用の椅子から立ち上がることなく、その伊利根の様子を見ていた。

「しかし残念だよ。是非君のお兄さんからもお話を聞きたかったのに」

伊利根はそう言って、心底残念そうに目を伏せた。

伊利根の言う通り、本来なら僕と一緒に霊能者の仕事をしている、兄の赤宗明時(あかむね あきとき)も来る予定だった。

しかし兄さんは、突然予定が入ったためそちらを優先したのだ。

僕としても、兄さんには一緒に来てもらいたかった。

兄さんはひ弱な僕と違い、ガタイも良く腕っぷしも強いので、何かあっても切り抜けることが出来るからだ。

「赤宗君は今まで生きてきた中で、どうしてこんな力を持っているのか、疑問に思ったことはあるかい?」

伊利根は突然僕の方を振り向き、質問をしてきた。僕は少々面食らったが、すぐに持ち直しその質問に答える。

「いいえ。僕の家は曽祖父の代からこういう力がありましたから、それが当然だと思ってました」

伊利根はそれを聞いて微笑んだまま歩み寄り、僕の腰かけている椅子の背もたれに手をかけると、笑みをたたえた顔を近づけてきた。

「私はね、君のような所謂第六感を持った人間に、人類の進化の可能性を感じているんだよ。大げさに聞こえるかもしれないが、私は本気で言っているんだ」

僕は伊利根の話に頭がクラクラした。いくらなんでも人類の進化だなんて、僕の思考からは外れすぎている。

「ハハ……伊利根さんは買い被りすぎなんですよ」
「そんなことないさ。人間の精神というものは、時に不可解な現象を引き起こすものだからね。これを科学的に解明できれば、きっと今までの常識を覆すことなんか造作ないわけさ」

芝居がかったように大げさな物言いをする伊利根を、僕はあきれ半分に見ていた。

これがただ夢見がちなだけなら良いのだが、ひょっとしたらとんでもないことを考えていたりするかも知れない。

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