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短編
10
「お前が何と言ったって京太に先に手を出したのはこの俺だ! 万代、貴様は一生俺の使い古しを大事にすることだな!」
 
終わった、僕の頭にその一言が浮かぶ。万代さんは巳堂に好き勝手遊ばれた僕をどう思っているだろう。きっと汚らわしいクズだと思って見切りをつけるはずだ。
 
僕は茫然自失としていたが、急に動き出した万代さんの気配で我に返った。
 
万代さんはいつまでも高笑いをしている巳堂の方へ近寄り、手近にあった電気スタンドをつかんで振り上げると、台座の部分で巳堂の頭を殴打した。ゴッと鈍い音がして、巳堂は電池が切れたみたいに倒れ、動かなくなった。
 
血が床に流れ小さな水溜りをつくる。僕は目の前の状況を飲み込めず、凄惨な現場をただぼんやりと目に映していた。

「京太、いつまでボーッとしてんだ。さっさと帰るぞ」
「あ、あの、でもあれは……」
「心配ねえ、たぶん生きてんだろ。いいから来い」
 
万代さんの手が僕の腕をつかんでグイグイと引っ張る。強引な仕草だったけど、僕はそれに妙に安心していた。

 


巳堂の家を出て、僕はそのまま万代さんの自宅へと連れて来られた。畳張りの部屋に洋風の机や椅子が置いてある和洋折衷な雰囲気が懐かしく感じられた。一ヶ月も経っていないというのに、本当に変な感じだ。
 
巳堂に監禁されてから何があったのか、根掘り葉掘り聞かれるのだろうと覚悟していたが、万代さんはいつもの椅子に深々と腰掛けるとそのまま一杯ひっかけ始めた。
 
グラスに注がれたバーボンの中で、丸い氷が揺らめいている。「お前も飲むか?」と万代さんに誘われたけど、ここ数週間に渡る監禁生活明けの体に酒はきつそうだったので、大人しく水をもらうことにした。
 
冷たい水をチビチビと飲みながら、僕はなんと話を切り出したものか迷っていた。巳堂に捕まってしまったことを改めて謝ろうにも、ここにくる道中散々頭を下げていたら万代さんから「面倒だからもう謝るな」と言われてしまったので、これ以上不快な気持ちにするわけにはいかない。

「おい、今日は妙によそよそしいな」
 
唐突に声をかけられ僕はハッとしながら万代さんの方を見た。

「えっ、そ、そんなつもりは……その、自分のせいで迷惑をかけてしまったことを考えると、万代さんにあわせる顔がなくて……」
「別にそんな泣き言言ったって何かが変わるわけじゃねえだろ。目の前でメソメソされると酒がまずくなる、やめろ」
「すみません……今日はもう帰ります。僕がいると万代さんもゆっくり休めないと思いますから」
「駄目だ。まだ確かめたいことがあるから帰るな」
 
命令された以上僕はどこにも行くことができなくなった。氷の融けていくグラスを握り締め、何を聞かれるのかとビクつく僕に万代さんは容赦なく質問してくる。

「お前、本当に巳堂なんかとヤったのか?」
「し、しました。そうしないと殺されてもおかしくなかったので……」
「あいつとヤって気持ちよかったか?」
「なっ!? ど、どうしてそんなこと聞くんですか?」
「いいからお前は聞かれたことだけ答えろ。あいつに犯されてイったのか? イかなかったのか?」
「……イキました」
「何回イった?」
「分かりません。何回もイかされてました」
 
どうして万代さんは突然こんなことを聞いてくるのだろう。思い出したくもない出来事が僕の頭の中で鮮明に蘇ってくる。

「まさかあいつになびいたりしなかっただろうな?」
「し、してません! 巳堂なんかに、そんなこと……」
 
僕が言い淀んだのを聞き逃さず、万代さんはギロリと僕のことをにらんで、本当のことを言うよう無言の圧をかけた。
 
事実を言ってしまえばきっと失望されるに違いない。でも、しゃべらなかったらどの道同じだ。どうせなら万代さんに対しては正直でいよう。

「最初は巳堂のことは嫌いでした。でも、ずっと監禁されていると頭がおかしくなりそうで……巳堂でもなんでもいいから、何かにすがらないと気が狂ってしまいそうだったので……ほんの少しだけ、巳堂に心を許しました」
 
自分の不甲斐なさがジワジワと僕を苦しめてくる。こんなことならあの時気が狂ってしまってもよかったから、巳堂のことを拒絶するべきだった。万代さんだってこんな僕を軽蔑の眼差しで見ているに違いない。
 
僕は恐る恐る顔を上げる。すると、万代さんは飲みかけのグラスを机に置き、おもむろに立ち上がって向かいに座る僕の方へ来た。
 
僕を見下ろす顔は侮蔑の表情を浮かべてはいないが、とても不機嫌そうに歪んでいる。まるで玩具を取られた子供のように、怒りや不満が隠されもせず露わになっていた。
 
万代さんのそんな顔を見るのは初めてで、僕はどうすればいいのか分からなかった。

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