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短編
10
荒れ放題になっている戸羽の仕事場兼リビング。いつも寝静まっているかキーボードを叩くささやかな音くらいしかしないこの部屋も、今夜は水崎とマキの二人が来ているので賑やかだった。
 
来客の二人は、脱ぎ捨てられた服や取材の資料が散らかった部屋にあきれたり軽蔑したような眼差しを向けたりしている。戸羽はバツが悪そうに頭をかき、冷たい視線を浴びながら三人が座れるだけのスペースをつくった。

「洗濯物くらい畳まないとシワになるぞ」
「最近忙しくてそんな暇なかったんだよ。つーか水崎、先にシャワー浴びて来たらどうだ? 色々されたし、そのままじゃ気持ち悪いだろ……着替えなら俺の服貸すし」
「いいのか? じゃあお言葉に甘えて」
 
戸羽は着替えの服を渡し、風呂場の場所を教えると、シャワーを浴びに行く水崎を見送った。
 
これで戸羽はマキと二人きりになり、なんと話を切り出したものか手をこまねいていた。見た目こそ普段の可愛い姿だが、中身はまるで別人だともう知っているのだ。しかもかなりきつい性格をしている。
 
やけに雰囲気もピリピリしていて、とりあえず当たり障りのない話題を振ってみるかと考えていると、意外にもマキの方から戸羽へ話しかけてきた。

「今日の戦いのことなんだけど」
「えっ、あー、あれね。大変だったよな」
「……僕のこと信じてくれてありがとう。僕は弱いから、戸羽がストリームになって戦ってくれなかったら、想市を助けられなかった」
 
今までの高圧的な態度が嘘のようにしおらしくなり、マキは心から戸羽に感謝を示した。
 
なんだか狐につままれたような気になって、戸羽はオロオロしながら曖昧な言葉を返す。

「ああ、まあ、気にすんなって。マキ君だってすごかっただろ。ビューンって飛んで水崎助けたんだから」
「僕ができることなんてそのくらいだ。正面からメランと戦っていたら間違いなく殺されていた。今日は色んな事があって混乱してるだろ? 知りたいことがあったら何でも答えるから、僕に聞いてくれ」
 
何でも、と言われ戸羽の脳裏に様々なことがよぎる。シャドウという存在のこと。ボルテックスやストリームの鎧のこと。そして水崎やマキのこと。聞きたいことが多すぎて何から手を付けていいのか分からない。
 
そんな戸羽の気持ちは手に取るように分かるのか、マキは戸羽が聞きたがっているだろう問いへの答えを、ぽつぽつと語りだした。

「お前が戦ったメランや世間で怪人と呼ばれている奴ら、それに僕はシャドウという種族なんだ。シャドウはこことは違う世界、影の世界で生きていて、影を伝って地上へ出てくるんだ」
「なんでシャドウは人間を襲うんだ? 食うためとかじゃないんだろ、たぶん」
「単純な理由だよ。あいつらは人間に取って代わって地上を支配するために、人間を殺してるんだ」
「地上を支配? ハハ、夢が大きいな。そんなの簡単にできるわけないだろ」
「笑い事じゃないぞ。今は人間の方がずっと数も多いし兵器で対抗できる。でもシャドウが何万体も現れたらどうする?」
 
戸羽の顔がサッと青ざめる。

「シャドウってそんなに数がいるのか?」
「いや、今はまだ。もともと長命な種だから数は少ないんだ。でもあいつらは人間を使って数を増やす気でいる」
「それって俺や水崎みたいな、繁殖用の人間に子供産ませるとか言ってた奴か……でも俺男だし、そもそも人間同士でもないのに子供つくるなんて無理だろ」
「人間の中にはたまにシャドウと同じ因子を持つ者がいる。ちょうどお前みたいな奴のことだが、そういう相手とは種や性別は関係なく繁殖できるんだ」
「そんな馬鹿な……冗談じゃないぞ。あんな化け物みたいな奴らのガキなんて絶対生みたくない!」
 
触手のシャドウに襲われた時の恐怖と嫌悪感が蘇り、戸羽はついヒステリックにわめきたて、吐き気すら覚えた。

「落ち着け。そうならないように想市や僕が戦ってるんだ……なあ、無理を承知で頼みがある。今後もストリームとして一緒に戦ってくれないか?」
 
マキはまっすぐに戸羽を見つめ、潤んだ瞳で懇願してきた。毅然とした態度ならば断わりやすかったのだが、今のマキの態度はこれ以上なく戸羽の同情心を誘ってくる。
 
断りづらい哀願に戸羽はうーんと唸り、頭をかいた。

「いやー、俺ただのライターで喧嘩の経験すらないんだぞ? そんなんで使い物になるかどうか……」
「メランとは立派に戦えてたじゃないか! 戦い方だって鎧が教えてくれるから大丈夫だ」
「あ、あの時は水崎助けないとと思って夢中だったから。でもあんなのとずっと戦うなんて俺には務まらないよ」
「そんなことない! 戸羽は自分で思うよりずっと強いから、きっとなんとかなる……だから」
 
マキはやけにひっ迫した様子で戸羽に縋りついてきた。泣きつくように腕にしがみつき、うつむき気味で顔を押し当てる。
 
人間と同じぬくもりと質量を腕に感じ、戸羽の気持ちは徐々に揺らぎだす。

「頼む、想市だけじゃいつ限界がきてもおかしくないんだ。僕なんかじゃせいぜいサポートくらいしかできない。想市には背中を預けられる、強い人間が必要なんだ」
「マキ君……」
 
マキの柔らかそうな頬に、流れてないはずの涙まで見えたような気がして、戸羽は胸が一杯になった。うなずいてしまおうかと思った時、部屋の引き戸が音を立てて開き、風呂上がりの水崎が戻って来た。
 
髪はしとどに濡れ、戸羽に借りた服はサイズが大きいせいでブカブカしている。シャワーを浴びて小ざっぱりしたはずなのに、表情は曇ったままだった。

「マキ、戸羽さんに無理を言うな。危険が伴う以上、シャドウと戦ってくれなんて無責任に頼むものじゃない」
 
水崎は先ほどの会話の大半を耳にしていたようだ。諭すような口調でマキを諫めると、水崎は机を挟んだ戸羽の向かいに腰を下ろした。

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