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短編
9
水崎は先ほどの攻撃の衝撃を利用して上手いこと着地すると、すぐに戸羽の方へと駆け寄った。

「戸羽さ……ストリーム、大丈夫だったか?」
「だ、大丈夫。でもビックリしたな。いきなり水崎が空から降ってくるし、あのメランって奴ぶった切るし」
 
アスファルトの瓦礫の中で、今や虫の息となっているメランを遠巻きに見ながら、戸羽は水崎の強さに感服した。十数メートルも離れたところから相手を切るなど、もはや理解も及ばない範疇だ。

「つーか水崎、いろいろ聞きたいことがあるんだけど」
「悪いが今はそんな暇ない。ストリームはあのシャドウと距離を取りつつ援護してくれ」

水崎が構えた刀の先には、血を流しながらも臨戦態勢を取ろうと立ち上がるメランがいた。あれだけの攻撃をもろに受けて、もはや立つことすらやっとのはずだが、メランはニヤニヤと不敵に笑っている。
 
その様子は不気味ですらあった。戸羽は思わず身構え、水崎も刀を構えたもののいつ攻撃を仕掛けるか判断に迷っていた。
 
メランは二人が警戒してこちらへ来ないことに高をくくり、よろつきながら後ろへ下がると、影になっている高架下で足を止めた。月明りも街灯の光も届かない場所に立つメランは、黒い体も相まって闇に溶けてしまいそうだ。

「へへ、ここまでボロボロにされたのは初めてかも。ボルテックスとストリーム、名前ちゃんと覚えたからな。またそのうち会おう」
 
暗い中でも煌々と光っていた目がフッと消える。水崎は弾かれたようにメランの立っていた場所へ駆け寄ったが、すでにその姿は闇に紛れるように消えていた。
 
遅れて戸羽も高架下へやって来たが、何もないその場所を見て酷く落胆した。

「あーあ、逃げたのか。かなり追い詰めてたんだけどな」
「でも逃げてくれてよかったかもな。ああいうのは追い詰められると何をしてくるか分からない。それに、と……ストリームも鎧を使えるようになったばかりだから、無茶はしない方がいい」
「そうかなあ。ってか水崎、なんで俺のことずっとストリームって呼ぶんだよ?」
「それは……どこで誰に見られてるか分からないし、俺やあんたがヒーローだなんて誰かに知られるのはごめんだ。だから鎧を纏ってる時はこっちの名前で呼んでる。あんたも今からそうしてくれ」
「フフ、その割にさっきから俺のことちょいちょい戸羽さんって言いかけてるけどな。まっ、そういうことなら分かったよ」
 
水崎も戸羽もそれぞれ武器を収めると、張りつめた緊張の糸を緩めた。もはやここにはシャドウもおらず、激しい戦いの痕跡くらいしか残っていない。
 
あの戦闘中の異様な熱気も一気に引いてしまった。水崎との会話でいつもの調子に戻った戸羽は、ふと自分が先ほど体験したことすべてが、夢の中の出来事のように思えてきた。
 
メランに暴行された時の痛みが体に残っていなければ、これまで起きたことすべてを夢か幻覚だと片づけていたかもしれない。

「おい、のんびりしてる場合か! メランを取り逃したんならこんなところにはもう用はない。早いところ引き上げるぞ。戸羽、ボーっとするな!」
 
呆然としていた戸羽を現実へ引き戻すように声がした。
 
見慣れた姿に戻ったマキが、見たこともない険しい顔つきと言葉遣いで戸羽や水崎を急かしている。普段は優しく気立ての良い少年が、まるで軍隊の厳しい上官のようだ。
 
戸羽は思わず絶句して、信じられないとばかりにマキの顔をじろじろ見つめていた。

「マ、マキ君、そう怒らなくても……なんだかいつもと感じが違わない?」
「マキは普段猫かぶってるんだ。うちは接客業だから、そうするように俺が頼んでる」
「そんな……マキ君、癒しだったのに。俺のこと呼び捨てにしてるし……」
 
優しいマキが虚像にすぎないと知らされたショックは、不思議と人間でないと知った時よりも大きかった。

「気持ち悪い落ち込み方してる場合じゃないぞ、戸羽。お前には話したいことが山ほどある」
 
そのためにはどこかじっくり話をできる場所が必要だとマキは言った。
 
だがファミレスやカフェなど、人目のつく場所では話しづらいこともある。そのためここから近い位置にある戸羽のマンションに白羽の矢が立った。

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