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短編
4
怪人の背後の暗闇に何かがいた。機械的な鎧、まるでパワードスーツのようなものを着た誰かが、怪人にも気づかれず佇んでいる。緑の光はどうやら鎧の一部らしい。
 
まるで噂に聞いていたヒーローのようだ。呆気にとられる戸羽は、瞬きをしている間に怪人の手を離れ落下していた。

切断された触手が同じく宙を舞っている。一体何が起きているのか理解する間もなく、戸羽は何者かに体を抱えられその場から瞬時に離れた。

「うぅ、一体何なんだ?」
 
戸羽は混乱しながらも状況を把握しようと、固く閉じていた目を開いた。まず視界に映ったのは黒いメタリックな装甲と、それを装飾する蛍光色の緑色のラインだった。

どうやらあのヒーローと思わしき人物が戸羽を触手から救出し、抱きかかえながら安全な場所まで運んでくれたらしい。
 
ヒーローの体に触れると、装甲の硬さと冷たさが伝わってくる。氷のように冷たい体だったが、不思議と恐ろしさはなく、むしろ親しみのような感情を戸羽は抱いていた。

「あ、あの、ありがとう。助けてくれたんだよな?」
「……こんな時間にこんな場所をうろうろするな。不用心だぞ」
「悪かったよ、その……あれ? あんたの声どっかで聞いたような」
 
鎧の中からはやけに耳馴染みのある声がする。それを追求するとヒーローは気を悪くしたのか、戸羽を乱暴に下して早く逃げるよう急かしてきた。
 
だがそんなことを言われても、戸羽の体には切断された触手が絡みついたままで、今すぐ逃げることなどできない。

もたもたしているうちに、それまで触手を切断され狼狽えるばかりだった怪人が持ち直し、怒りをあらわにしながらわめき出した。

「くそぉ! 貴様はボルテックスだな! よくも俺の体を切り刻みやがって、後悔させてやる」
「勝手にしろ。おい、あんたもシャドウ……怪人の取材なんか忘れて早いとこ逃げろ」
 
ボルテックスと呼ばれたそのヒーローは、振り向きもせず戸羽へ釘を刺す。

「えっ、なんで取材のこと知ってるんだ? あんた……ひょっとして水崎か!?」
 
怪人について調べ回っていることや、ましてこんな危険な取材をしていることは、ごくわずかな人間しか知らないはずだ。おまけにどこかで聞き覚えのある声も合わさり、戸羽にはボルテックスと呼ばれたヒーローの中身が水崎であるとしか考えられなかった。
 
ボルテックスはそれを否定することもなく、怪人の方を見据えたまましばし無言でいた。

「な、なあ、説明くらいしてくれたって――うわあ!」
 
なおもしつこく説明をせがんでいた戸羽は、自分の両脇を恐ろしい速度で通り過ぎていく触手に、一瞬遅れて素っ頓狂な声を上げた。あの怪人が再び襲い掛かってきたらしい。
 
それにしてはずいぶん大きく狙いを外したものだと思えば、戸羽は自分の目の前に立ちはだかるボルテックスの足元に、まるで活きの良いゲソのように踊っている触手の残骸があるのに気がついた。
 
そしてボルテックスの手には、黒い刀身の刀が握られている。いくら他のことに気を取られていたとはいえ、戸羽がまるで気づく隙も与えないうちに、あの恐るべき速さで迫っていた触手を切ったというのだろうか。
 
信じられない気持ちでいると、ボルテックスは超人的な跳躍力で一息に怪人との間合いを詰め、本格的な戦闘を開始した。
 
空を切る音、肉の切れるグロテスクな音、怪人の悲鳴に似た雄叫び、あらゆる音がたった十数メートル先から聞こえてくる。しかし戦闘スピードがあまりに早く、戸羽には何が起こっているのか目で追うことすらできなかった。

「本当に水崎なんだよな? んっ……! クソ、こいつトカゲのしっぽみたいに動きやがって」
 
体に絡みついたままの触手が服の中で時折モゾモゾと動き、戸羽はくすぐったさに震えた。これでは逃げろと言われても走ることすらままならない。
 
とりあえず触手を外そうと服をめくり、粘液で胸や股間に張りついている触手を無理矢理引き剥がした。執拗に弄られた部分が刺激されると妙な気持ちになってくる。

「うぅ、こんなので気持ちよくなってるし……俺変態みたいじゃん」
「もうとっくに立派な変態なんじゃないの?」
 
状況にそぐわない、明るく軽薄な声が温かな吐息とともに耳をくすぐる。戸羽はハッとして背後を振り返った。
 
目の前に立っていたのは、二十代かもしかしたら十代後半くらいの若い男だった。柄物の立派なシャツをだらしなく着こなして、髪はブリーチしているのか黄色に近い白色をしている。
 
ヤンキーかと戸羽は思ったものの、こんな状況でのんきに話しかけてくる人間がただの不良なわけがないとかぶりを振った。

「お、お前一体何してるんだ? 危ないから早く逃げろ」
「人間ってやっぱりのんきなもんだねー。生存本能ってやつが退化してんじゃないの?」
「何言ってるんだ? お前まさか怪人の仲間――」
 
嫌な予感がしたその刹那、戸羽の腹を強烈な衝撃が襲った。無防備な腹部に男の拳がめり込んでいる。内臓をかき回されるような痛みと不快感に、戸羽は反射的に身をかがめ、胃から逆流してきた内容物をその場に吐き出した。

「汚いな。本気で殴ってないのにもう壊れそうになってるし」
「ゲッ、オエェ……! あぁっ、はぁ、うっ……ど、どうして、お前人間なのにどうして怪人の味方なんかするんだ」
「怪人怪人って、俺達にはちゃんとした名前があるんだよ。お前らなんかよりずっと高等な、偉大なる種族。それがシャドウだ」
 
男の体が見る見る間に変貌を遂げていく。戸羽よりも低かった背は二メートルを超し、巨大な体躯へと様変わりした。顔も人間とは似ても似つかず、まるでネコ科の猛獣のようだ。
 
人間の柔らかい皮膚程度なら、ほんの少し触れただけで切り裂いてしまいそうな鉤爪を喉元に突きつけられ、戸羽は叫ぶことも忘れて呆然とした。

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