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短編
2
「戸羽さん、お疲れ様です。ホットサンド作ってみたんですけど食べませんか?」
 
鈴を転がすような声がして隣に目を向ければ、エプロン姿の少年がホットサンドの乗った皿を差し出し、にっこりと笑っていた。まだ中学生くらいだがやけに大人っぽい雰囲気の色気をにじませている。
 
この少年は水崎の甥のマキといい、学校が休みの日はよくこの店を手伝っていた。

「いいのか? さっきコーヒーももらっちゃったし、なんだか悪いなあ」
「いいんですよ。これ試作品だから、食べてもらって味の感想を聞かせてほしいんです」
 
マキはパソコンの隣に皿を置くと、さっそく食べるよう戸羽に促した。

「そこまで言われちゃしょうがないな……おっ、なかなかうまいな。マスタードの辛さがちょうどいいアクセントになってるよ」
「本当ですか! よかった、戸羽さんに喜んでもらえて嬉しいです」
 
褒められたマキは屈託のない笑みを浮かべ、心の底から喜んでいた。雰囲気こそ大人びているが、仕草はやけに子供っぽく愛らしい。そんな姿に心癒されながら戸羽は三切れもあったホットサンドをあっという間にたいらげてしまった。

「もっと変わり種も作ってみますね……あれ? それって今度の記事ですか?」
「ん? あ、ああ、まあそうなんだけど、なかなか思うように書けなくてな」
「怪人とヒーローについて調べてるんですか?」
「そうだよ、でもあんまりうまく行ってなくて。何しろどっちも目撃者が少ないときたもんだ」
 
マキくらいの年頃の少年は、やはりこういう話が気になるのだろうと思い、戸羽はあまり出回っていない面白い話でも聞かせてやろうとする。だが愛らしいその顔は暗く沈んでいた。

「危ないですよ。怪人に殺された人だっているんだし……戸羽さん、危険なことだけは絶対にしないでください」
「ハハ、大丈夫だよ。俺こう見えても高校時代は陸上部だったから逃げ足には自信あるんだ」
「そういう奴からやられるんだぞ。大人しく料理の記事でも書いてろ」
「想市兄ちゃん、そんな言い方しちゃ駄目だよ」
 
マキを心配させまいと冗談交じりに言ってはみるが、飛んできたのは水崎の冷めた言葉だけだった。
 
怪人が危険な存在で、すでに死者や怪我人が続出しているのは百も承知だ。だが危険を冒してスクープをつかむことこそ、ジャーナリズムの本分ではないだろうか。
 
マキを不安にさせるのは心苦しいが、戸羽の決意は固かった。必ず怪人やヒーローの正体を白日の下に晒して見せる、それも早ければ今夜にも行動を起こすつもりだった。




深夜、生ぬるい風が南東へゆるく吹いている。人気のない高架下は上を通る車の騒音以外、何の音もしていない。
 
ここは数か月前に怪人が現れ、通りがかった帰宅中のサラリーマンを無残にも切り刻んだ現場だ。警察の規制線も今はないものの、殺人現場であるという生理的嫌悪感と怪人が再び現れるかもしれないという危惧から、特に夜中は滅多なことでは人が訪れない場所となっていた。
 
戸羽は自前の一眼レフカメラを握り締め、そんな不吉な場所をフラフラと散策していた。明かりはわずかな街灯があるばかりで、怪人が出たという事実を差し引いても不気味な雰囲気がある。
 
戸羽がここに来たのは何か確信があったから、というわけではない。「犯人は現場へ戻る」という昔ながらの言葉を信じ、まったく当てずっぽうでここへ来てみたのだ。無謀ではあるが、神出鬼没な怪人やヒーローと遭遇するにはもはや運任せでいくしかなかった。
 
ある程度あたりを散策して写真を撮った戸羽は、これ以上ここでの収穫は何もないと判断すると、コンクリートの壁にもたれ掛かり肩掛け鞄からスマホを取り出した。
 
地図アプリを開き、地図上に表示されるアイコンの場所を確認する。このアイコンは戸羽がつけたもので、すべて怪人絡みの事件が起きた現場の場所を示していた。
 
今夜は夜通し事件現場を行脚する覚悟だった。記事を書くにはそれくらいしなければと思いながら、その辺に止めていた自転車を取りに行く。
 
自転車は万が一通行人が来たとき邪魔にならぬよう、道のわきに置いていた。ちょうど高架橋の足が街灯の光を遮り、自転車を置いていた場所は一層闇が濃くなっている。
 
じっとりと湿った嫌な感じもして、戸羽はさっさと自転車を回収しようと早歩きになった。だが、その歩みはすぐに止まった。
 
自転車を置いているあたりの暗闇がモゾモゾと動いているように見えたのだ。目の錯覚かと戸羽は目頭をつまみ改めてそれの方を見たが、やはり何かがいる。猫か何かの動物であってくれと祈るが、その願いも虚しく影は人のようでそうではない異形の何かへと変貌した。
 
本能が危険を察知し、戸羽はうしろへ身を引いていつでも逃げ出せる態勢をとった。しかし、そこで逃げればよかったのだが、件のジャーナリズム精神が顔をのぞかせてきた。戸羽は踏みとどまるとカメラを握り、暗闇にいる正体不明の何かの方へレンズを向ける。
 
考える間もなくシャッターにかかった指へ力が入った。フラッシュが一瞬あたりを照らす。ちょうど静まり返っていた高架下にシャッター音が響き渡った。
 
カメラのフラッシュが瞬いたほんの一瞬、戸羽は確かに闇の中を見た。そこにいたのは異形の何かだった。手足と頭がイソギンチャクのような触手になっている、到底この世の物とは思えない生き物。
 
あれは怪人だ、そう思ったと同時に咄嗟に踵を返す。背後からおぞましい咆哮がして、耳障りな叫びがコンクリートの壁に反響する。
 
捕まったら殺される、と戸羽は一気に我に返ると死に物狂いで走り出した。だが、細長い紐のようなものに足を絡め取られ、戸羽は派手に転んだ。
 
アスファルトに叩きつけられた体に激しい痛みが走る。胸を強く打ったようで呼吸もままならず、まして叫ぶことすらできないでいると、足に絡みついた何かは瞬く間に戸羽の全身を締め上げた。
 
見ればそれは毒々しい紫色をした触手だった。そしてそれを操るのは確認するまでもなく、あの怪人であった。

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あきゅろす。
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