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短編
1
北欧風の白い家具でまとめられたカフェの店内は、ちょうど昼時の慌ただしさも薄れてきた頃だった。

温かみのある木製のカウンターに頬杖をつき、フリーライターの戸羽航(とば こう)は今度の記事をどうするか、ノートパソコンの画面とにらみ合っていた。
 
書く題材は決まっている。また、取材もすでに何件もしているのだが、原稿を書くにはいまひとつ具体性が足りない。しかしこれ以上取材をしたところで、よほど運が良くない限り新しい情報は望めないだろう。
 
それというのも、今回戸羽が記事を書こうとしているのは、昨今巷を騒がせている怪人とヒーローの正体に迫るものだったからだ。
 
怪人というのは、つい一年前急に現れた正体不明の怪物たちのことだ。様々な姿をしていて、どれも一様に知能はあり人語も理解できるようだが、ふらりと現れては人を襲うという習性を持っていた。
 
警察も対策を練ってはいるが、怪人はあまりに神出鬼没なため尻尾をつかむことすらできていない。
 
そして、そんな怪人を倒す唯一の存在がヒーローと呼ばれる正体不明の人物だった。
 
目撃者の証言によれば、黒を基調としたパワードスーツのような鎧を着込んでいるらしい。
 
ヒーローの正体に関する噂は実に様々だ。ある者は、ヒーローの正体は警察内部の人間で、パワードスーツも警察が秘密裏に開発したものだと言い、またある者はどこかの大企業の社長が自分で装備を開発し、日夜戦っていると言っていた。他にも色々とヒーローに関しては荒唐無稽な憶測が飛び交っていた。
 
戸羽としては、果たして現代の技術力でそんなものが開発できるのか甚だ疑問だった。ひょっとしたらヒーローも怪人と同じ存在なのではないか、というのが戸羽の予想だ。
 
とはいえヒーローに直接会って確認することも今のところかなわず、目撃者もごくわずかなため、取材は行き詰まりを見せていた。
 
こうなれば危険を承知で怪人の出没しそうな場所を張り込んでみようか、そんなことを考えながら、戸羽は両腕を突き上げて強張った体をグッと伸ばした。

「戸羽さん、長居するのは勝手だがコーヒー飲み終わったんなら追加の注文してもらおうか」
 
声をかけられ顔を上げると、このカフェの料理人である水崎想市(みずさき そういち)がカウンター越しに立っていた。モデルや俳優と言っても通用する整った顔は曇り、切れ長の瞳はあきれたような視線を戸羽へと向けている。
 
戸羽はバツの悪そうに苦笑いを浮かべ、空のコーヒーカップを水崎へ渡した。

「えへへ、つい集中してて忘れてたよ。そう硬いこと言わなくてもいいんじゃないか? この店流行ってるの、誰のおかげだと思ってるんだ?」
「俺の料理とマスターのコーヒーのおかげだろ」
「ま、まあそれももちろんあるけどさ。でも、やっぱりきっかけになったのは俺が雑誌でここ紹介したからだと思うけどなあ」
「その点はちゃんと感謝している。ただし料理より俺の写真が多かったのはいまだに納得してないがな」
「だってそっちの方が読者の食いつきがいいと思ったんだよ」
 
水崎のあきれたような視線をかわすように、戸羽はヘラヘラ笑って頭をかいた。そこへコーヒーの香りをさせながら、カップを持ったマスターが二人の会話へ加わってくる。

「私はあの記事に載ってる水崎君の写真すごく好きだよ。いい表情してるよね。真剣だけど楽しそうに料理してるところとか」
「からかわないでください、マスター」
「照れなくたっていいじゃないか。あの写真、店内に飾っておきたいくらいにはいいと思うよ」
「あっ、それじゃあ今度現像して持って来ましょうか? フィルムまだとってあるはずなんで」
「おお、いいね。お礼と言ってはなんだけど、このコーヒーはサービスにしておくよ」
 
マスターは白い口髭の下に笑みをつくり、入れたばかりのコーヒーを戸羽の目の前に置いた。マスターが豆からこだわって挽いたそのコーヒーは、芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。一口飲むと、口の中に苦みと酸味、そしてコクが広がった。

「甘やかしたら駄目ですよ」
 
水崎は苦言を呈すがマスターには強く言えず、写真の話はなあなあで終わった。
 
コーヒーを飲み、気分を切り替えた戸羽は改めてパソコンに向き合った。今のところ集まった情報を整理してなんとか原稿を組み立ててみようと着手する。
 
記事の方向性はあらかた決まっているので悩む点は少ないが、情報が少ないせいでいくら取り繕っても内容が薄く感じてしまう。
 
さすがにこんなものを出したら編集部に突き返されるだろう。やはり直接怪人かヒーローに会うしかない、そう思い詰めたところでふと隣に気配を感じた。同時に、パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

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