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短編
6
どうしようもない不快感が小野井を苛む。思わずその場に座り込んで歪む顔を手で覆うと、心配した早峰が小野井の方へと近寄ってきた。

「気分が悪い? 少し横になった方が……」
 
早峰は小野井を落ち着かせようと、小刻みに震えるその肩を抱こうとする。だが小野井はそれを払いのけ、逆に早峰の肩をしっかりとつかむと、ひっ迫した様子で詰め寄った。

「逃げましょう! これ以上酷いことにならないうちに、あの男から逃げるんです!」
「に、逃げるなんてそんな……駄目だ、ご主人様が許さない」
「あいつはご主人様じゃないです! あんなの頭のおかしい狂人ですよ。お願いです早峰さん、俺と逃げてください……俺、このままじゃ、おかしくなりそうで……もういっそ死なせてください」
 
死ぬという小野井の言葉に過剰に反応する早峰は、酷く慌てた様子で小野井の肩に手を置き、必死になって励ました。

だが小野井はそんな言葉など聞こえていないのか、泣き崩れては呪詛のように死にたいという言葉を繰り返していた。
 
困り果てる早峰にできるのは、小刻みに震える小野井の肩を抱くことだけ。だが小野井はいつまでも泣き止む様子を見せず、とうとう折れた早峰は小野井の要求を受け入れ、協力すると固く誓った。

「ただし、一度でも失敗したらそれであきらめてくれよ。俺だって本当はしたくないんだから……」
「ありがとう、早峰さん」
 
涙を拭って微笑みを浮かべる小野井は、さっそく小屋の天井近くにある小さな窓に注目した。

小屋から出るにはあの窓を使うしかなさそうだ。だがあの高さでは小野井の手は届かない。かといって土台になりそうなものは、この小屋には何一つなかった。

「あきらめた方がいい、俺が前に逃げようとした時もその窓を使ったんだ。でもご主人様にばれて、足場に使ったコンテナとかは全部小屋から撤去されたよ」
「そんなのどうとでもなりますよ。それよりあの男、夜中はこっちを見張ってますか?」
「……いや、小屋に鍵をかけてるからわざわざ監視はしてないと思う」
 
口ごもる早峰から男の行動を聞き出した小野井は、今夜ここから脱出する決心を固めた。本来ならもっと慎重に時間をかけて脱出の計画を練るべきだろうが、小野井はこれ以上この状況に耐えるだけの自信がなかったのだ。
 
脱走の手はずを整え、早峰に足場になってもらい天井付近の窓から脱出した小野井は、そのあたりに落ちていた石で小屋にかかっている南京錠を破壊した。

甲高い金属音が静まり返った山中に響き、小野井の緊張は極限まで張り詰める。

男は眠りが深いので多少の物音くらいなら気づかないと早峰は言っていたが、それでも小野井の心配は尽きず、早くここから逃げなければと不安が心を煽った。
 
錠を壊した扉を開けると浮かない顔の早峰が、毛布代わりのボロ布を二枚持って待機していた。小野井はそれを一つ受け取って、底冷えする寒さから身を守るように体を包んだ。

「早く行きましょう! 足元には気をつけてくださいね」
 
早峰を急かし小屋から出る小野井は、麓に続いているであろう山道の前まで、はやる気持ちを抑えて歩いていった。

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