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短編
1
喫茶店のボックス席に座る小野井和志(おのい かずし)は、正面のいかつい顔をした男に見つめられ、気まずそうにコーヒーへ口をつける。苦い液体が喉を通って胃袋に流し込まれるが、緊張のためか少しも味を楽しむことはできなかった。

「小野井君、今からする質問だが、答えたくなかったらしゃべらなくていい。あくまでこれは俺の個人的な質問だから」
 
そう言って煙草を吸い始めるこの男は、ある事件の捜査を担当していた幹朋次郎(みき ともじろう)という名の刑事だった。

幹が担当していた事件とは、二年半前に謎の男が起こした監禁と暴行事件であり、その被害者は他でもない小野井だ。

しかし幹が小野井呼び出したのは、その事件について捜査をするためではなかった。半年前失踪した早峰継道(はやみね つぐみち)というフリーライターについて聞くことが、幹の目的だったのだ。

「早峰が失踪したのは知ってるな? あいつは行方不明になる直前、君と会っていた。二年半前の事件を取材するために」
「知ってます。まさか早峰さん、あの男に……」
「どうだろうな、あいつは仕事柄トラブルに巻き込まれることもあるから。それに二年半も前の事件のことだ、君を襲った男が関与している可能性は低い」
 
幹は紫煙を口から吐き、煙草の灰を灰皿に落とす。

「早峰とは知り合いだったんだ。あいつ、危険なことにばっかり顔突っ込むから、いつか消されるんじゃないかと思っていたが……小野井君は、あいつの印象はどうだった?」
「印象ですか? 早峰さんは、ちょっと頼りない感じもしましたが、でも俺の話も真剣に聞いてくれて、その……いい人かなって印象でした」
 
小野井は半年前の早峰の姿を思い出しながら、その時感じた印象を言葉にしていった。だがそれを聞いた幹は腹がよじれるほど笑い、キョトンとする小野井に息を荒げながら詫びを入れた。

「いや、悪い。あいつをそう褒める人間もなかなかいなかったからな。早峰は確かにいい奴なんだが、君の言う通りどうにも頼りがいがなくてね」

早峰はそう言ってまたクスクスと肩を震わせた。小野井も幹の笑う姿を見ていると、先ほどまでの緊張が一気にほぐれ、最初以上に色々と話すようになっていった。

だが時間がたつのは早いもので、幹は仕事に戻らなければならない時間になった。

「小野井君、そろそろ時間だから俺は席を外すよ。早峰は絶対に探し出すから、君は危ないことにはくれぐれも首を突っ込まないように」
 
幹は小野井に釘を刺し、小野井の分のコーヒー代もテーブルに置くと、店から出ていってしまった。

だがいくら幹に言われても、小野井の決心は変わらない。早峰は失踪した原因は自分にあるかもしれないのだ。

二年半前に受けた恐怖と屈辱を押し殺し、小野井は早峰が行方をくらませる直前に訪れたという事件現場の小屋を後日見に行くことを決意していた。




まさかもう二度と訪れることもないと思っていた例の小屋を目の前にし、小野井の頭の中では二年半前の記憶が呼び起こされていた。犬の荒い息遣いや男の下卑た笑い声、二年半前の出来事とは思えないほど、それらは鮮明に思い出される。

小野井は得体のしれない不気味さを感じ、一瞬足をすくませるが、それでも早峰のことを考えると自然と足は小屋へと向かった。
 
早峰の失踪にあの男が関わっているとは、まだ決まったわけではない。だが奇妙な確信が小野井の中にはあった。

早峰が昔の自分と同じように、犬の雌にされているという、不吉な確信が。

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