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短編
1
俺には弟がいた。俺にとってたった一人の家族、生意気で調子のいいところもあるけど、それでも俺にとっては可愛い弟だった。

こう言うとブラコンに思われるかもしれないが、俺は二十八歳、弟の篝(かがり)は十九歳と、一回りも年が離れていることを考えれば、少々過保護なのはしょうがないことだろう。
 
そんな篝は俺のもとからある日突然姿を消した。もう少しで大学生活初めての夏季休暇に入ろうという頃に、フラッといなくなってしまった。

可愛い弟が突然いなくなったんだ、俺は会社を休んでまで必死に探した。

しかし俺の力では限界がある。警察へ捜索届は出したものの、事件性はないとされ、「きっと家出だろう」の一言で片づけられてしまった。
 
結局俺にできることはたかが知れていて、篝がどこに行ったのかは神のみぞ知る、だ。

俺はしばらくの間塞ぎ込んでいたが、人間というものは順応性が高いようで、しばらくすれば普通に働けるくらいには戻ることができた。

だがいくら立ち直ったところで、篝がいなくなったことは心の中でしこりとなって残り、俺の胸を苦しくさせる。

「篝は一体どこへ行ってしまったのだろう」
 
俺はもう何千回もこの言葉を頭の中で反復させていた。


 

篝がいなくなって一か月がたったある日、なんの前触れもなく篝は俺のもとへと戻ってきた。

まるでちょっとコンビニへ行って戻ってきたかのような気軽さで、篝は俺の目の前に現れたのだ。

「よっ、兄貴。心配かけてごめん、今戻ったよ」
 
一か月ぶりに見た、ばつの悪そうな篝の顔。俺は目の前の状況が理解できなくて、しばし呆然としてしまった。

そして古いコンピューターのように時間をかけゆっくり状況を読み込んで、ようやく理解できると、声を出すよりも早く涙腺が緩んでいた。

「そんな泣くなよ。悪かったって、ずっと帰らなくて」
 
篝は俺の泣き顔を見ながら、困ったように眉をひそめていた。でも俺は涙を止めることができなくて、篝の体を二度と消えてしまわないように強く強く抱きしめた。




ひとまず落ち着いた俺は、どうしていなくなったのかを尋ねるよりも前に、食事をとることにした。

今日は篝が帰ってきたということもあって、篝の好きな麻婆豆腐をたくさん作った。唐辛子を多めに入れて辛みを効かせる、篝はこの麻婆豆腐が一番おいしいと言っていた。
 
刺激的な匂いを漂わせながら、俺は麻婆豆腐の入った大きな皿を、篝の待つ部屋へと持っていく。

一体この一か月間、どんな生活を送ってきたのかは知らないが、きっと腹は空いているはずだ。

部屋に入ると篝は匂いにつられて俺の方を見ながら、期待を込めた目で俺のことを見ていた。

「兄貴腹減ってるの?」
「俺じゃなくてお前の方が減ってるだろ。ほら、いっぱい食べろ。今日はたくさん作ったから、その分いっぱい食べてもらわないとな」
 
そう言いながら、俺は麻婆豆腐やご飯を篝の目の前に置いた。だが篝はそれに飛びつくこともなく、不思議そうに目の前の皿や茶碗を見て、そして俺へと視線を移した。

「残飯じゃなくていいの?」
「ざ、残飯?」
 
俺は篝の言っている意味が分からず、ついオウム返しにしてしまった。

「兄貴と一緒のもの食べていいのかよ?」
「何言ってるんだ、もちろんいいに決まってるだろ。お前のために作ったんだぞ」
 
篝は不思議そうに俺を見つめていた。まるで俺がわけの分からないことを言っているとでも思っているようだ。

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あきゅろす。
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