[携帯モード] [URL送信]

短編
2
青々と茂る木々、澄んだ空気と突き抜けるような青い空。清浄な風にサクマの艶やかな黒い髪が揺らされる。

まさにそこにいるだけで心が洗われるような、最高の場所だった。しかしそれも、車がオーバーヒートを起こして足止めを食らわなければの話だ。

「クソ、この旧式のポンコツが! いくら流刑地代わりの研究所だからって何十年も昔の車しかないってどういうことだよ」
 
エンジンから立ち上がる白い煙は不快な臭いを漂わせ、サクマは思わず顔をしかめてしまう。

エンジンをどうにか直そうと積んであった修理器具を引っ張り出し、無線を研究所にいるヴィニーに繋げつつ修理を始めた。

「こちらA‐31地区研究所、どうぞ」
 
耳にはめられた小さな無線機からヴィニーの声が響く。

「ヴィニー、俺だよ。ちょっとあのボロ車が故障したんだ。修理はなんとかこっちでできそうだが、時間がかかってサンプル採集は難しいかもしれない」
「大丈夫かい? サンプルならまた明日でもいいよ。それより私も修理を手伝いに行こう」
「いや、大丈夫だ。それより資料の片づけの方を頼む。使えない本部が送ってきた使えない資料をな」
 
苛立ち紛れに皮肉を言ってエンジンの調子を見ていると、サクマはエンジン以外の部分も老朽化のため故障寸前なことに気づいた。

「なあ、早いうちに研究所の車全部点検しておいた方がいいみたいだ。これじゃいつかニュースの小さい見出しに載っちまうぜ。『惑星P‐23で爆発事故! 原因は整備不良の旧型車両か?』ってさ」
 
ヴィニーは「やることが色々あるのに」とぼやきつつも、明日点検すると返事をして無線を切った。

しばしの間のどかな木々のざわめきがサクマの耳にこだまする。音楽としてはいささか単調過ぎるきらいもあるが、荒んだ心にはちょうどいい鎮静剤代わりだ。
 
だがサクマが修理を進めているとそこへ不意に、背後を走り去る何かの音が聞こえた。

ガサガサと草むらを這い回るような音。

サクマはそれを聞いた途端機敏に反応し、身を翻してライフルを手に取った。流れるような動作で安全装置を外し、音のした方へと構える。

サクマの心には不安が厚い霧のようにつきまとった。もしも仮に未確認の生物ならば対処法など分かるはずもなく、それこそ銃弾を急所へ撃ち込む他ない。
 
そうサクマはあれこれ考え事をしていると、再び草むらを掻き分ける音が今度は九時の方向から聞こえてきた。慌てたサクマは銃口をそちらへ向けようとする。

だが首筋にチクリと小さな痛みを感じ、サクマの体からは一瞬のうちに力が抜けていった。

「……な、何……これ、は……どういう……」

頭の中がミキサーにでもかけられたかのように混沌とする。

立っていられなくなったサクマはよろめきながら車のドアにもたれかかった。

「ヴィニー……聞こえるか? 気をつけろ、何、か、いる……俺、もう、だ、駄目みたい、だ」
 
力尽きる寸前、サクマは無線をつないでヴィニーへ決死の忠告を行った。

無線の向こうではヴィニーの声がしていたが、もうサクマの耳では何を言っているか分からなかった。

次第に暗くなっていく視界。

何か細長いものが自分の方へと近寄って来る、それがサクマの見た最後の光景だった。

[*前へ][次へ#]

3/9ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!