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シリーズ
4
ブランが俺の右目にナイフを突き刺す前に、シュヴァルツは駆け出していた。

瞬きをすれば次の瞬間にはシュヴァルツがブランの間近にいて、鋭い爪で細い首を切り裂こうとする。空を切り裂く音がして、シュヴァルツの腕は大きく空振った。
 
ブランはシュヴァルツの手が届くまでのわずかな間、後ろへ勢いよく飛び退いたのだ。そこへ追撃を続けるシュヴァルツは、ブランのナイフによる斬撃の合間を縫い、幾度となく急所を狙い攻撃の手を緩めなかった。

一進一退の攻防、しかし驚いたことにシュヴァルツの方がわずかに優勢で、ブランは後手へと回っていた。俺が初めて二人の戦いを見た時は、ブランがシュヴァルツを圧倒していたというのに。
 
俺はここで見ていることしかできない自分が歯がゆかった。大事な時になんの役にも立たない俺は、こうやってナイフで串刺しになっているのがお似合いだ。

そうしている間にもシュヴァルツはブランを追い詰め、ついには奴の首を両手で締め上げた。

「口ほどにもない。やはり君は、前の君とは違う。そんな迷いしかない君には、私もアーテルも殺せない」
 
きりきりと喉を締め上げる腕の力は次第に強くなり、ブランは真っ青な顔で苦しそうな声を上げる。だがそれ以上あがこうとはせず、体から力を抜くとあろうことかナイフを手放しシュヴァルツに体を預けた。

「殺せよ……僕を殺せばいいだろ……一人で死ぬくらいなら、お前らを殺せず取り残されるくらいなら……いっそお前の手で、殺してくれ」
 
ブランは無気力な様子でそう言っていたが、やはり実際に死ぬのは恐ろしいようで声は酷く震えていた。

「もう嫌だ……怖いのに、何が怖いのか分からなくて……僕はどうして……」

シュヴァルツの顔が驚愕に歪む。何をそんなに驚いているのか、俺には分かっていた。死を恐れ、老いを恐れ、過剰な恐怖を背負った姿が、昔の自分と重なっているのだ。
 
あのまま殺すのだろうか。昔の自分をブランに重ね、安息の地へと送り出すのだろうか。俺には何が正解で何が正しい道なのかちっとも分からない。でも恐らくシュヴァルツのする選択こそが正しいはずだと信じている。
 
俺を戒めていた鎖が力をなくす。自由になった腕で俺は胸と太もものナイフを抜くと、二人の姿をただ眺めていた。

シュヴァルツはブランの首を窒息しない程度に締め上げたまま何もしない。ブランも自分の行く末をシュヴァルツに託し、何も行動を起こそうとはしなかった。このまま何も起こらないのでは、俺はそう思ったが現実はそこまで甘くはなかった。
 
動きを止めていたシュヴァルツは突然ブランの首から手を放すと、コートを引き裂き首筋を露わにした。頬に優しく手を当てて、ブランの顔を少し傾けさせる。その仕草がこれから血を吸う準備であることは、どう見たって明白だった。

「自分の道は自分で決める、それがこの世に生まれた者の権利であり義務だ。君はそれを自ら放棄し、私に身をゆだねると言うのだね?」
 
シュヴァルツの問いにブランは無言のままうなずいた。最早話す気力もないようで、早く最期の時が来るのを待ち望んでいるようだ。

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あきゅろす。
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