シリーズ 2 「これがサービスだ! 受け取れ!」 ブランはそう言いながら、俺の顔面をナイフで切りつけようとしてくる。目前に迫る刃を俺は紙一重でよけながら後方へと飛び退くと、シュヴァルツを一瞥した。 奴はこの状況を予想できていたのか、やけに落ち着いた様子で俺の脱いだ服や最低限の資金の入った鞄を拾い、俺に例の香水を投げ渡してきた。 「またその毒を使う気か!? この卑怯者どもめ!」 ブランは前の一件で学習しているのか、俺が香水を手に取った途端、距離を取って香水の匂いに動きを封じられまいとした。 しかしブランがこの部屋に入り、この部屋の空気を吸ってしまった時点で、それは無意味な行為と言えた。すでにシュヴァルツが俺とヤろうとした時に、香水の匂いは部屋中に広まっているのだ。 「ゲホッゲホッ! うぇっ、ま、待て、僕から逃げるな! この腰抜けども!」 ブランは匂いにむせたのか、気分が悪そうにせき込みながら、フラフラとその場に座り込んだ。俺はそこへ香水で追撃を食らわせながら、情けない姿をせせら笑った。 「ハハッ、腰が抜けてんのはそっちだろ。顔真っ赤にして、そそる顔しやがっ――」 「アーテル、無駄なおしゃべりはよして、早く行こうか」 俺がブランに見惚れているのが気に入らないのか、シュヴァルツは俺の腕を強く握ると、早く行こうと急かしてくる。 俺を見つめてくるその目に何か薄ら寒いものを感じ、シュヴァルツの機嫌を損ねないようにと素直にその言葉に従った。 「待て、僕は……僕はまだ動けるぞ! 何故いつも僕から逃げるんだ……僕と戦え、見逃すくらいなら僕にとどめを刺せ!」 何故だかブランの様子はおかしく見えた。いつまでも俺たちを捕まえられない屈辱に震えているのかと思ったが、どうにもそういう感じではなさそうだ。 焦っているのか、それとも怯えているのか、少なくともブランの言葉は自分の中の感情を誤魔化すために張られた虚勢のように思えた。 「いつまで僕から逃げるんだ……クソッ! 僕はいつまでお前らを追えばいいんだ……なんで前みたいに僕を殺そうとしないんだ」 「今の坊やは殺す価値だってない、いつまでもそうやっているといい」 すっかりうなだれ、何も言わなくなったブランを見下ろし、シュヴァルツは俺を連れてホテルから飛び出した。しかし俺はホテルの部屋から脱出する直前、視界の端にしっかりと捉えた。 あの強気で生意気なガキが、本当に子供みたいに手で顔を覆って泣いているところを。 「なあシュヴァルツ、前にあのガキと会ったのはいつぐらいだった?」 俺はせっせと部屋の中を片づけて回るシュヴァルツを目で追いながら、座り心地の悪い椅子に深々と座り尋ねた。 どうやらシュヴァルツは久しぶりに荒れ果てた館を見つけたことが嬉しくて仕方ないようで、自分の理想の部屋に近づけるべく心血を注いでいた。 「ちょっと待ってくれ、ここを片づけたら好きなだけ話し相手になってあげるから」 シュヴァルツは、昔は立派な机だったであろう樫でできたガラクタを捨てに行き、戻ってくると一仕事終えた顔をして満足そうに息をついた。 「それで、一体何が聞きたいんだい?」 「だから、あのガキと前に会ったのはいつぐらいだった?」 「坊やとね……確か二か月前だったと記憶しているよ。ほら、あの忌々しい魔術師が私のことを辱めた日だ」 魔術師とはルーフスのことだ。奴は俺やシュヴァルツ、それにブランを散々に追い詰め、引っ掻き回してくれたのだが、俺の機転によって奴を追い払うことができたのだ。 そしてシュヴァルツはルーフスにかなりの辱めを受けていたので、その屈辱を思い出しているのか、不愉快そうに顔を歪めていた。 二か月前となると、そこまで過去のことでもないはずだ。ブランの様子がおかしくなったのはその間のこと、原因は考えるまでもなくルーフスによる精神的な凌辱によるものだろう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |