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シリーズ
12
雪間はすがりついてくる小さな体を抱きとめ、あまり深刻になり過ぎないよう、いつも通りの軽めの口調で古座に語りかけた。

「何言ってるんだ、お前らしくないな。別に俺がお前と別れる必要なんてないだろ」
「そ、そうだよな。雪間さん見たら急に不安になっちゃって」
「むしろお前と別れたら俺の方が大変だぞ。今まで通りの仕事なんかしてたら、いくら命があっても足りないからな」
「へへ、よく俺と会うまで無事でいられたよな」
 
古座は多少気を持ち直したようで、クシャッと笑って雪間の胸に顔をうずめる。
 
しばらくそのまま古座の気が済むまでそっとしておいて、落ち着いてきたのを見計らい話を進めた。

「なあ、兄貴には俺のことなんて説明してるんだ?」
「んーと、雪間さんは探偵やってる俺の上司で、住み込みで働かせてもらってるって兄ちゃんには説明してるよ」
「無難な答えだな、下手な嘘ついてないようで安心したよ……ところでお前、兄貴のこと兄ちゃんって呼んでるんだな」
「えっ? あっ、べ、別にいいだろ! いちいちそんなとこツッコむなよ!」
 
古座は急に不機嫌そうになると抱きついていた雪間から離れ、腕組みしてソファーにふんぞり返った。恥ずかしさを誤魔化す子供のような様子はどこか愛らしく、雪間はニヤニヤ笑いそうになるのをこらえ悪かったと軽く謝った。
 
ともあれ、さっきよりもずっと平常心に戻った古座に安堵し、雪間はそろそろ帰るために未緒を部屋へ呼び戻した。

「話し込んでいたみたいですね。珠樹がわがまま言ったりしませんでした?」
「言ってないよ! にい……兄貴には関係ないから気にしないで」
 
さっきの会話の内容を根掘り葉掘り聞かれる前に、古座は強引に未緒との話を打ち切った。なんとも子供っぽい反応だったが、未緒は酷く寂しそうな顔をして、潤んだ瞳を古座へ向ける。
 
古座はそれを見るなりビクッと体を震わせ、ソワソワしながら「そういうつもりじゃない」と弁明した。

「ご、ごめん、ちょっと言い方きつかったよな。兄ちゃんのこと傷つけるつもりはなくって……」
「フフ、分かってるよ。珠樹は優しい子だからね」
 
それまでと一転、未緒はケロッとした顔で微笑を浮かべた。さっきまでの大袈裟な反応も単に古座をからかうためだったようだ。
 
まんまと担がれた古座は少しホッとしながらも恥ずかしそうに顔を伏せ、「びっくりさせるなよ」と悪態をつく。

「ひとまず話はついたから、今日のところは帰らせてもらう。色々と世話かけたな」
 
雪間は咳払いをして、ずっとうつむいている古座の肩に手を置くと、それとなく「帰るぞ」と合図した。
 
そのほんのわずかな瞬間、こちらを見守っていた未緒の目元が引きつるように動いた。

「珠樹も一緒に帰るんですか?」
 
未緒はなんとも名残惜しそうに古座を見つめ、つぶやく。
 
そんなことを聞かれるとは露ほども思っていなかった雪間は、面食らいながらもぎこちなくうなづいて、無意識に古座の肩に乗せた手に力を入れその体を自分の方へ引き寄せていた。

「そのつもりだが、何かあったのか?」
 
あくまで雪間が平静を装いながら尋ねると、未緒はフッと笑って元の柔和な笑みを浮かべた。

「いえ、久々に会えたのにもうお別れかと思うと寂しくなってしまって。すみません、私の方がわがままを言ってしまいましたね」
 
未緒は柔和な笑みを浮かべたまま、古座へ近づきワシャワシャと髪をかき分けるように頭を撫でた。

「珠樹、雪間さんに迷惑かけたら駄目だからね」
「わ、分かってるよ!」
「フフ、寂しくなったらいつでも会いにおいで」
「だから分かったってば!」
 
古座は恥ずかしそうにしながらやめてくれと訴える。だが未緒も本当に名残惜しいのか古座の抵抗をものともせず、気の済むまでその頭を撫でていた。 

「雪間さんも、気が向いたらぜひうちの店に来てください。お世話になったのでたくさんサービスしますよ」
 
心ゆくまで古座を撫で回した未緒は、そのまま朗らかな顔を雪間の方へ向けた。なんとも社交辞令といった内容だが、未緒の印象のおかげかさほど気にはならない。むしろ純粋に好意で言っているようにすら思えた。

「ありがたいが、ホストクラブに男が行くと悪目立ちするんじゃないか?」
「そんなことありませんよ。会話が嫌ならお酒でも飲みにくるつもりでいらっしゃってください」
「考えておくよ」
 
未緒の耳触りのいい声と話し方に、雪間も少なからず警戒心や猜疑心が薄れていくのを感じた。ホストクラブのオーナーだけあって、以前はやり手のホストだったのかもしれない。

この調子なら相当の売り上げを叩き出したことだろう、などと想像を巡らせながら、雪間は古座を連れ事務所を出て店を後にした。
 
別れ際になっても未緒がわずかに古座への未練を感じさせていたのは気にかかったが、それ以外はおおむね普通かむしろさっぱりしているくらいだ。
 
妙なことばかりに気を回し過ぎていたかもしれない。雪間はそう反省しながら、モヤモヤしていた気持ちを振り払った。 

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