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シリーズ
11
繁華街へと到着し、そそくさと去っていく木野井の部下を見届けて、雪間は妙な胸騒ぎを覚えながら歩き出した。まだ夕方とあって、夜の店が多いこの場所はそれほど賑わいを見せていない。
 
そんな通りの中央部に指定された店はあった。
 
黒を基調としたシックな外観に、店名の「Crash」という文字が派手すぎない落ち着きのある暗めのゴールドで鈍く輝く。
 
まだ開店前なのか店は閑散としていた。裏口に回って従業員用の出入り口を見つけると、雪間は再び古座へ電話をかけた。

「もしもし、俺だ。今店の裏にいる」
 
「分かった」と古座の短い返事があり、程なく目の前のドアが開いた。
 
安堵の表情を浮かべた、自分より背の低い、愛らしい姿がそこにはなかった。代わりに、自分とそう変わらない年頃と背丈のスーツ姿の男がはにかみながら立っていた。

「こんにちは、久しぶりですね雪間さん。話は弟から聞いてます。さあ、中へどうぞ」
 
男は雪間に中へ入るよう促す。
 
こうなることは薄々予感していたが、いざ目の前にすると雪間は動揺を表に出さないようにするので精一杯だった。

以前仕事の関係で出会った、油断ならないホストクラブのオーナーの男が、いざ古座の兄として自分の目の前に立っているのだから仕方ないともいえる。

「驚きましたよ。少し前にユウ君のことで尋ねてきた探偵さんが、まさか珠樹と一緒にいる方だったなんて」
「……俺もあんたが珠樹の兄だとは思わなかった」
「フフッ、普通はこんなことになるなんて予想できませんからね。そういえば、名前もまだ言ってませんでしたね。私、古座未緒(こざ みお)といいます。どうぞよろしく」
 
未緒は右手を差出し握手を求めてくる。
 
こちらを見つめる目はどこか古座に似ていたが、古座が幼さを感じさせる雰囲気や顔つきをしているのに対し、未緒は成熟し実年齢より大人びて見えた。こうやってじっくり見ない限り兄弟だとはとても気づかないだろう。
 
これが年の差だけのせいだろうかと頭の片隅で引っかかりながらも、雪間は差し出された手を握り、握手を交わした。

「ところであんたの弟は元気そうにしてるか?」
「ええ、少し塞ぎ込んでるみたいですけど。あの子と喧嘩でもしたんですか? 急にこの店に電話がかかってきて、匿ってくれなんて言い出すものですから正直戸惑いましたよ」
 
未緒は詳しい説明を聞かされていないのか、のんきに笑っている。実の弟が誘拐されたことを正直に話せるわけもなく、雪間は適当に話を合わせ相槌を打った。

「それにしても、あの子も運がいいですね。普通ならこんな時間に店へ電話したって誰もいませんけど、今日は私がいましたから」
「開店前からオーナーが一人で何してたんだ?」
「色々ですよ。受けそうな企画を考えたり、他店の動向をチェックしたり。ここも開店したばかりですから、潰れないよう毎日必死なんです」
「へぇ、こういう店のオーナーはもっと豪勢に遊びまわってるもんだと思ってたな」
 
話をしながら薄暗い廊下を過ぎて、事務所らしい部屋の前まで来ると、未緒はドアを開け雪間を中へ招き入れた。

ホストクラブという豪華で派手なイメージとは違い、事務所の方は機能優先のシンプルな様相をしている。だが応接室も兼ねているようで、ソファーや机などの調度品や、飾られている絵画や小物などは質のいいものをしっかりと吟味して置かれているようだった。
 
そんな応接セットの革張りのソファーに古座は座っていた。所在なさげに腰掛け、雪間の姿が見えるやいなやソワソワと落ち着かない様子で視線をさまよわせていた。

「珠樹、雪間さんが来てくれたよ」
 
古座は朝家を出る時に着ていた黒いパーカーやジーンズから、普段あまり着なさそうな大きく襟ぐりの開いた緩いTシャツとスキニーパンツに着替えていた。未緒から着替えを借りたのだろう。いつも以上に中性的な雰囲気に雪間は少し心がざわつく。

「あっ……雪間さん、その……迎えに来させてごめん」
「別に気にするな。未緒さん、少し珠樹と話したいことがあるから席を外してくれると助かる」
 
未緒は微笑みながらうなずいて、部屋を出て行った。
 
古座の隣に座ると、嗅いだことのない甘く爽やかな香りがした。シャワーでも借りたのだろうか。少しくせっ毛の入った髪は手を伸ばしたくなるほど柔らかそうだった。

「怪我はなかったか?」
「ちょっと殴られて痣できたくらい。この十倍はあいつらのことボコってやったから平気だよ」
「無茶ばっかりするな。まったく、こっちは死ぬほど心配してたんだからな。自力で逃げられたんなら、その後俺のこと頼ったってよかったんだぞ」
「……ごめん。ああいう奴らしつこいから、これから先俺が狙われるようなことになったら、雪間さんにまで迷惑かかると思って」
「兄貴はいいのか?」
「兄ちゃんは……二年も会ってなかったし、兄弟だってあいつらも気づかないと思ったんだよ。それに金も立場もあるし、身を守る方法なんていくらでもあるから」
「俺とは真逆ってわけだ」
 
冗談のつもりで少し自嘲気味に笑うと、古座は酷く慌てて「そんなつもりじゃない」と否定してきた。

「違うんだよ! 俺、本当に雪間さんのこと心配で巻き込みたくなかったから――」
「わ、分かってる、今のは冗談だよ。そんなに本気にするな」
 
雪間に諭され古座はキョトンと惚けたように目の前を見ていたが、ふっとせきが切れたように感情を露わにし、何かに怯え助けを求めるかのような勢いで雪間にすがりついてきた。

「ごめん、俺変だよな。なんかずっと不安で、怖くて……雪間さんいなくなったらどうしようって、嫌なのに考えちゃって……俺、まだ雪間さんと一緒にいたいよ」
 
苦しいくらいに抱き締められ、雪間は息を詰まらせた。今まで見せたことのない古座の表情。言葉通り、不安や恐怖がないまぜになって、いつもの強がりを言う余裕もないその姿は、見ているだけで胸が苦しくなった。
 
不良集団に拉致された時、よほど恐ろしいことでもあったのだろうか。似たような修羅場をいくつもくぐり抜けてきた古座が、ここまで追い詰められているとなると相当だ。

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