[携帯モード] [URL送信]

シリーズ
4
自動車工場の大きな車庫の中。

木野井は窓ガラスの割れた吹きさらしのドアにもたれかかった。

座席シートに散らばっていた粉々のガラスはあらかた払い落としたが、それでも残ったガラスが日差しに照らされキラキラと光っている。

「木野井さん、手配は済みました。動ける人間は全員ガキどもの捜索に当たらせてます」
「ああ」
「……ガラスで怪我するかもしれませんから、早く降りた方がいいですよ。代わりの車も用意させましたし、俺たちも行きましょう」
 
部下は物憂げな木野井を気づかい、目下の目的を提示してやる気を引き出そうとする。
 
だが木野井は車を降りて、用意させたグレーのSUVに乗り込むと、まず最初の目的地として雪間の住むアパートの場所を告げた。

「こ、木野井さん、今は捜索に合流した方が……」
「あんな奴ら見つけるくらいなら、俺がいなくたって問題ない。それよりこの事態を秋に直接説明しねえと」
「しかし、あの古座とかいうガキが拉致られたのは、人の話も聞かず勝手に車を出たからじゃないですか。木野井さんが責任を感じる必要ないですよ」
「その通りだが、何も知らせないってのもあんまりだろ」
 
部下は一応相槌を打つが、納得いかないように難しい顔をしている。
 
今回の襲撃が自分や木野井だけでなく、組全体のメンツに関わる問題になるのではないかと危惧しているようだ。
 
木野井としてともその気持ちは痛いほど分かるので、頭ごなしに否定はせず、諭すように語りかけた。

「分かってる、秋との話も手短に済ませるさ。そしたらさっさとあの舐め腐ったガキども見つけ出して、二度とふざけた真似できねえようにしてやろう。さっ、車出してくれ」
「は、はい! 飛ばしていきますね」
 
アクセルをふかし、砂煙を巻き上げながらタイヤが回転する。SUVのグレーの車体が日差しを鈍く反射しながら、猛然と走り出した。




目の前は真っ暗で、息苦しいうえに蒸して仕方ない。古座は頭から被せられた袋と、口に押し込まれた猿ぐつわを忌々しく思う。
 
そして、時折乱暴に触れてくる何者かの手足や、聞くに堪えない罵詈雑言を相手に、あふれてくる暴力的な衝動を必死に抑え込んでいた。

「へへ、生意気なガキがよ。最初はあんなに暴れてたくせにもうビビって大人しくしてんのか?」
 
隣に座る男が袋越しに髪をつかみ、いやみったらしい口調で聞いてくる。
 
せめて口が自由なら、「そんなわけないだろ」とバッサリ切り捨てるところだが、今はモゴモゴと不明瞭な声を出すことしかできない。古座は悔しそうに顔を歪め、袋の中で隣の男をにらみつけた。

「でもこいつ本当に木野井んとこの人間かぁ? 見るからにガキだしなんか違くね?」
「木野井って確かホモだろ? こいつ愛人とかそんなんじゃねえの」
「ギャハハハッ! こいつ男とヤってんのかよ」
 
これにはたまらず体を激しく揺すって抗議する。即座に鳩尾へ肘鉄が入った。

「図星だからって急に騒ぐんじゃねえよ!」
 
痛みに呼吸が乱れ、くぐもったうめき声が意思に反して口から漏れる。

「おいおい丁重に扱えよ。そいつ人質とかに使えるかもしれねーだろ」
「分かってるって。それにしてもなんとなく捕まえただけにしては結構いい拾いもんだったな」
 
古座は痛みに顔を歪めながら、誰にも見えない袋の中でうんざりしたように小さなため息をついた。
 
こんな無計画で行きあたりばったりな連中に捕まってしまったことを、心の底から後悔せずにはいられない。
 
木野井の助けもあまり期待できないので、自力で逃げる機会をうかがうしかないと決心し、今はひたすら耐えることに徹した。




用事が早めに片付き、自宅であるアパートへと引き返した雪間秋(ゆきま しゅう)は、二階への階段を登り切ったところで硬直せざるを得なかった。

自分の部屋の扉の前で、木野井とその部下がまるで自分のことを待ち構えているように佇んでいたせいだ。
 
身の危険を感じて引き返そうとするも、気配で勘づかれたのか鋭い眼光が雪間の姿を捉える。

「よお、今帰ってきたところか? ちょうどよかった。留守だったから秋のこと知ってる奴に居場所聞き出そうと思ってたんだが、その手間が省けたな」
「周りにまで関わるのはやめてくれ。一体俺に何の用があって来たんだ?」
 
どうせろくな用ではないだろうと覚悟する雪間だが、木野井の語ったこれまでの経緯は予想を遥かに超えていた。

「……は? 珠樹が拉致された?」
 
理解はできたが事実を飲み込めない雪間は、呆然としながら木野井の方を見つめた。悪い冗談にも思えたが、罪悪感からわずかに顔をうつむけている木野井の姿を見ていると、嘘や冗談を言っているとは到底思えない。
 
「何故珠樹が?」と疑問に思っても、そこに答えなどあるはずない。古座は単に木野井側の人間と勘違いされて連れ去られたにすぎないのだ。それもよりによって、何をしでかすか分からない、危険な不良集団によって。
 
雪間はやっと現実を直視すると、込み上げてくる感情を抑えきれず、木野井のシャツの襟首をつかんだ。

「なんであいつが連れて行かれるのをむざむざ見過ごしたんだ! そんなにあいつのことが嫌いか!?」
「おい! それはさっき説明しただろうが! 木野井さんから手を離せ!」
 
木野井の部下がものすごい剣幕で迫ってきてもお構いなしに雪間は木野井の胸ぐらへつかみかかる。

「てめえ、いい加減にしねえと殴るぞ!」
「やめろ、大井。お前は口出すな」
 
怒りの矛先を向けられている木野井は、神妙な面持ちを崩さず、雪間の罵倒を真正面からすべて受け入れた。
 
そうしていると、雪間も憤りをすべて吐き出してしまい、さっきよりずっと冷静になった頭で現状を直視した。こんなところで木野井に詰め寄ったところで、事態が好転するわけではない、と。

「……珠樹のこと、探してくれてるんだよな?」
「もちろんだ。ちゃんとあのガ……秋の相方のことは探してるから安心してくれ」
「そうか……それならよかった」
「それとな、万が一秋まで危険な目に遭ったらまずいから、この件が片付くまでは一緒にいてくれないか?」
 
木野井の申し出に、まごつきながらも雪間は小さくうなずいた。

「木野井さん……」
 
部下が何とも言えない視線を向けてくるのも気にせず、木野井は満足げに微笑みをたたえ、口元を歪める。
 
三人はアパートの前に泊めていた車に乗り込んだ。グレーのSUVはそれぞれの思惑を乗せ、走り出した。

[*前へ][次へ#]

5/14ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!