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シリーズ
3
車内に漂い始める紫煙に顔をしかめながら、古座は木野井の意図を読もうとした。
 
自分のことを恐らく嫌っているであろう相手が、わざわざ親切心で兄のことを伝えてくるとは思えない。よって導き出される答えはひとつだ。

「俺と雪間さん引き離したいから、俺に兄貴のこと伝えたのか?」
「人の好意くらい素直に受け取れねえのか? まあ、今回に限ってはほぼ当たりだがな」
 
そんなことだろうと思っていた古座は白けたように肩を落とす。それでも木野井は真面目な顔で話を続ける。

「シケた面してんじゃねえよ。別に兄貴のところに帰れって強制してる訳じゃねえ。だがな、お前から出向かなくても、あの兄貴はいずれ自力でお前の元に辿り着く。そうなった時、秋に迷惑かからねえよう自分の身の振り方くらい考えとけよ」
「んなこと……分かってるよ」
 
力なくつぶやき、古座の目はどこか遠くを見つめる。分かっているという言葉とは裏腹に、不安や迷いがない混ぜになったような表情をしていた。
 
木野井はその様子を一瞥すると、ジャケットの内ポケットに手を入れ、何かを取り出した。
 
名刺サイズのカードだった。黒地に金色の文字で「Host club Crash 〇〇店」と書いてあり、所在地や電話番号も載っている。
 
木野井はそれを古座のパーカーのポケットにねじ込むと、押しつけてきた。

「兄貴と連絡取りたかったら、その店に行け。くれぐれもよく考えておけよ」
 
木野井はようやく話が終わったとばかりに深いため息をつき、窓に頬杖をついて遠くを眺める。
 
どうやらこれで話は終わりのようだ。しかし車はなかなか停車せず、どんどん込み入った道へと入っていく。兄の話が終わった以上、自分に用はないはずなのにと古座はいぶかしみ、身の危険を感じ始めた。

「な、なあ。この車どこに向かってんだよ……この辺で降ろして欲しいんだけど」
 
耐えきれなくなった古座は重たい沈黙を破るが、木野井は険しい顔で前方を見据えたまま微動だにしない。

「聞いてんのかよ! 俺ここで降りるってば!」
「黙れ。尾行まくまで大人しく座ってろ」
「はあ?! 尾行ってどういうことだよ!」
「チッ……後ろに青いバイクがあんだろ。馬鹿っ、振り返んじゃねえ! ミラーで確認しろ」
 
木野井に言われるままバックミラーで後方を確認すると、確かに車を2台挟んだところに青いバイクがいた。乗っているのはフルフェイスのヘルメットを被った何者かだ。
 
木野井によれば診療所を出てすぐについてきたらしい。

「一体誰に尾行されてんだよ。まさか警察?!」
「いや、あいつは多分この辺荒らしまわってるクソガキどもの一匹だろう。ったく、人のシマで好き勝手しやがって、忌々しい奴らだ」
「そんな奴らさっさとボコッて追い出せばいいじゃん」
「そうしたいのは山々だが、あのガキども逃げ足だけは早くてなかなか捕まんねえんだよ。しかもどっかの組がバックについてるせいで、こっちのこと完全に舐めきってやがる」
「ヤクザも手を焼く奴らか、関わりたくねーなあ」
 
チラチラと後ろのバイクをうかがいながら、古座は早く帰らせてくれないものかとボヤく。
 
車はあてどなくさまよい、一方通行の道を進んでいる途中で不意に止まった。

「一体どうした?」
「あの……道が塞がれてまして……」
 
運転席の部下が困ったように指差す先には、一方通行の狭い道にも関わらず停車しているバンがあった。
 
ハザードランプが点滅し、一向に動く様子がない。けたたましくクラクションを鳴らしてもそれは同じだった。

「何やってんだあのボケ。公共の場所ってのが分からねえのか」
「ヤクザのセリフとは思えないな」
「クソガキ、てめえは横から余計な茶々入れるな……チッ、仕方ねえな。ちょっと文句言ってくる」
 
木野井が苛立ち紛れにドアへ手をかける。ふと、後方から騒々しいエンジン音が聞こえてきた。
 
嫌な予感がして誰もが後ろを振り返ると、今までずっと尾行していたバイクが猛然とこちらへ走り寄ってきていた。

「まずいっ、バックしろ! あいつを跳ね飛ばせ!」
 
木野井は部下へ叫ぶが時すでに遅く、バイクは車の後部、木野井側の方へと車体をつけ、何の躊躇もなく隠し持っていたハンマーで窓ガラスを叩き割った。
 
粉々に割れたガラスがシャワーのように降り注ぎ、木野井は身を守ろうとシートへ身を倒す。
 
さらにそこへ何かが投げ入れられた。金属製の円筒状のものが、コロコロと木野井や古座の足元を転がっていく。
 
次の瞬間には、その物体から噴出した煙で、車内にいた者の視界は真っ白に覆われていた。

「わっ、な、何!? まさか爆弾!」
「落ち着け、こいつはただの煙幕だ! その場に伏せてろ!」
 
この一連の襲撃もただの脅しで、本気で殺しにきているわけではない、と木野井は言っているが、古座にはにわかに信じられなかった。
 
大して親しくもない男の巻き添えで死ぬのはごめんだと手探りで車のドアを開け、煙の充満する車内から脱出する。
 
しかし車から漏れ出た煙のせいで視界はなかなか晴れず、這いつくばるようにしながら必死で車から離れていった。

異常事態のためか体感時間も普段の数倍に間延びし、このままずっと真っ白な視界の中をさまようのではないか、とすら思えてくる。幸いそんなことはなく、強く吹きつける風と共に煙は段々と晴れていった。
 
開けた視界のすぐそこに見えたのは、シルバーの車体。こちらを見下ろす柄の悪い若者たち。
 
古座は一瞬呆然とするが、すぐに目の前の状況を把握した。このシルバーの車は、道を塞いでいたあのバンだ。あらかじめ木野井を立ち往生させるために用意されたもので、すなわちバンに乗っているのは件の不良集団ということになる。
 
古座は運悪くそのバンの方へと逃げてきてしまったのだ。

「何だこいつ?」
「木野井の車に乗ってたぞ、とりあえず捕まえとけ!」
 
座り込むような態勢だったのが災いし、ろくに抵抗もできないまま古座はバンの中へ引きずり込まれた。
 
助けを呼ぶ間もなくスライド式のドアが閉まり、バンもバイクも走り去っていく。
 
後に残されたのは、白い煙の残滓と、無残にも窓ガラスの割られた黒塗りの外車だけだった。

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