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シリーズ
後日談
雪間と古座はその夜八尋に呼び出され、八尋の勤めるバーに来ていた。

店の扉を開けるとベルがカランと鳴り、ジャズの音色が扉の向こうからあふれてくる。まだ夜も浅い時間とあって、小さな店内に客の姿はない。
 
カウンターの向こうにはいつものように八尋が立っていた。だが、その隣には見慣れない人影もあった。

「あっ! 悠木、そんなところで何してんだよ!」
 
古座は驚いたように声を上げる。八尋の隣には、数週間前に紆余曲折を共にした悠木がいた。カウンターの向こうに立つ悠木は、八尋と同じようにバーテンダーらしい服を着て、ニコニコと笑いながら手を振っていた。

「えへへ、久しぶり。元気にしてた?」
「あ、ああ、まあ元気だけど。それより悠木ここで働いてんのか?」
「うん! この格好似合ってるでしょ?」
 
悠木との会話にすっかり夢中になっている古座を横目に、雪間は八尋へややあきれ気味に話しかけた。

「まさか呼び出したのは悠木と会わせるためだったのか?」
「まあね、悠木君がサプライズとお礼を兼ねて会いたいって言うから」
「お礼?」
 
雪間が聞き返すと、それまで古座との会話に夢中だった悠木が待ってましたとばかりにグラスやシェイカーなどを準備し始めた。

「あのね、二人には色々お世話になったでしょ? だから今日は俺のおごりで好きなだけ飲んでいって欲しいんだ」
「いいのかよ?」
「いいって! 珠樹は遠慮するような柄じゃないんだし、いっぱい飲んじゃいなよ」
 
悠木がしきりに勧めるものだから二人とも戸惑い混じりに酒を頼んだ。すぐにカウンターの向こうで悠木がせわしなく準備を始める。
 
まだバーテンダーになって日も浅いのか、カクテルを作る手はぎこちなさが残る。それでも数分もしないうちに、雪間たちの目の前には鮮やかな色をしたカクテルが並んでいた。

「案外器用なもんだな」
 
雪間は感心したようにグラスをながめ、じっくりと悠木のつくったカクテルを味わった。
 
その隣では、早くもグラスを飲み干した古座が次を悠木へ催促しながら、ふと疑問を口にした。

「そういえば、悠木ってなんでここで働いてんの? デリヘルはやめたのか?」
「うん。兄さんたちのこともあったし、万が一の場合もあるから、前のお仕事みたいに密室で知らない人と二人っきりになるのは危ないと思ってね」
「そっか……でもちょうどよかったよな! 柏さんも人手不足解消できたし、悠木も次の仕事見つかったし!」
「ホント、運が良かったよ。それもこれも井瀬さんのおかげだし、ちゃんとお礼言わないと」
「井瀬さん?」
「実は八尋先輩のとこ紹介してくれたのが井瀬さんなんだ。珠樹たちも井瀬さんとは知り合いなんだよね?」
「あー、まあそんなとこだけど。でも井瀬さんなんかとどうやって会ったんだ?」
 
興味津々で古座は尋ねるのだが、悠木は照れたように笑うばかりで答えをはぐらかす。
 
なんで素直に答えないのかと古座は不満に思うが、すぐに合点がいってあきれたような顔をしてしまった。
 
性欲に素直な井瀬のこと、きっと悠木がまだデリヘルをしていた時期に客として会っていたのだろう。そこでこのバーのことを紹介したのだと考えれば説明がつく。
 
何とも言えない気持ちを顔に出す古座に気づき、悠木は冗談交じりに謝った。

「ごめんごめん、珠樹がそんなにやきもち妬くなんて思わなかったから」
「べ、別に妬いてない!」
「そーかなあ? フフ、気持ちいい事してあげたら機嫌直してくれる?」
「なっ!? き、気持ちいい事!?」
 
悠木の魅惑的な囁きに古座は顔を真っ赤にして動揺した。あまりに大きな声を上げるものだから雪間や八尋もその様子に気づいて、どうしたのかとこちらを見ている。
 
古座は酒が入ってただでさえ赤くなり始めていた顔をさらに赤くし、何やらブツブツと話し始めた。

「俺、悠木はその、友達とかそういうのだと思ってるから、ヤったりっていうのはあんまり、したくない……そもそも雪間さんいるし」
 
誘いを断られた悠木は一瞬ポカンとしていたが、すぐに満面の笑みを浮かべ心底嬉しそうな様子で古座の手を握っていた。

「ホント!? 俺のこと友達だと思ってるの? えへへ、嬉しいな!」
「声デカいって!」
 
隣や斜め向かいからの生温かい視線に古座は気恥ずかしそうにしているが、悠木は至って平気そうな様子で微笑んでいた。金や性欲などの打算抜きに付き合ってくれる、気の置けない友人のようなものができて嬉しいようだ。
 
大げさにはしゃぐものだから見守るだけだった八尋もクスッと笑い、「よかったね」などと声をかけている。それがますます古座の羞恥心を煽った。

「何照れてんだ、素直に喜べよ」
「う、うるさいな! 外野は黙ってろよ」
 
ここぞとばかりに雪間はニヤニヤしながらからかってくる。古座はうんざりするものの、悠木の喜ぶ姿を見ていると、これもいいかもしれないなと思い始めていた。

「ねえねえ、今度一緒に遊びに行こう! 同伴以外で誰かと遊びに行くことってあんまりなかったんだ! それともうちに来る?」
「悠木のやりたい方でいいぜ」
「じゃあ外で遊んだ後にうちでゆっくりしたいなあ。先輩、珠樹うちに呼んでもいいよね?」
 
悠木の言葉に八尋は「もちろん」とうなずいていた。ここで古座の中に疑問が浮かんだ。

「あれ? なんで柏さんの許可が必要なの?」
「ん? あっ、珠樹たちには言ってなかったんだっけ。実は俺引っ越して今は先輩とルームシェアしてるんだ」
「ええっ、マジかよ!」
「先輩とは気が合うし快適だよ。部屋はちょっと狭いけど。ね、先輩!」
「案外ああいうのも悪くないね。ただ悠木君のせいで、ここ最近寝不足続きなのは困ってるかな」
「へー、悠木っていびきうるさいの?」
 
古座のずれた返答に八尋はイタズラっぽく笑った。するとそれまで会話に混じらず聞きに専念していた雪間が、突然飲んでいる途中だった酒を吹き出した。

「うわっ! 何やってんだよ雪間さん!」
「ゲホッ、わ、悪い、何でもない……」
「ったく、こんなにむせて汚いな」
 
吹き出した拍子に飲んでいたものが気管に入ってしまったようで、雪間は顔を赤くしながら咳き込んでいる。
 
古座はわざとらしくため息をつくと、文句を言いながら雪間の濡れた服や机をおしぼりで拭いてやった。
 
そして急にむせたわけを雪間に問いただすのだが、いくら尋ねても答えをはぐらかされてしまい、質問への答えは返ってきそうにない。あまり聞き過ぎても雪間は怒りだしてしまうだろう。
 
釈然としない気持ちを抱えながら、それを忘れるように古座はグッと酒を煽った。

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