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シリーズ
3
津島は確かに、今遠巻きに眺めている一軒家に赤の他人と集まって暮らしているようだ。実際に家に出入りしているのも雪間はこの目で見ていた。
 
どんなところなのか調べてみれば、分かったことは悠木が話してくれた内容と大体同じだった。

あの家では先生と呼ばれる男を慕う信者のような者たちが集まり、集団生活を送っている。人数はおよそ七、八人。若い男女が多いようだ。週に一回セミナーのようなものを開催しているらしく、その時は結構な人数があの家を出入りしていた。
 
だが肝心の先生はあの家とは別のところで暮らしている。かなり豪華な家で、車庫から黒塗りの外車が出入りするのを雪間は何度か目撃していた。
 
これだけ裏が取れれば十分。明日には帰ろう、と雪間は手帳をしまいビジネスホテルへ戻ろうとする。

「あれ? 雪間さんですか」
 
どこかで聞いたような声がして雪間は振り返る。
 
そこにいたのは津島だった。仕事帰りなのかスーツ姿で、片手には鞄を持っている。まるで存在に気づかなかったことに雪間は驚きながらも、それを顔には出さず、あくまで冷静につとめた。

「あぁ、こんばんは。こんなところで会うなんて偶然ですね」
「は、はあ、こんばんは。一体こんなところで何をしていたんですか?」
「捜索の一環でこのあたりを調べていたんです。もう調べ終わったので今から帰るところですがね」
「そうだったんですか。それでその……悠木はどうでしょう? 行方はつかめましたか?」
「すみません、もう少しといったところです。弟さんは必ず見つけますから、もう少々お待ちください」
「どうかよろしくお願いします。ところで雪間さん、今夜は他に予定はおありですか?」
「いえ、ホテルに帰るくらいですが。何故そんなことを?」
「せっかくなので現状がどうなっているのか教えていただけませんか? こんなところではあれなので、どこか店で食事でもしながらゆっくり話したいのですが」
 
津島の申し出を断っても不自然なだけだろう。それにちゃんと中間報告のためにでっち上げた偽の報告書も用意してある。
 
雪間は快く申し出を引き受けると、津島とともに住宅街を抜け飲食店の集まる繁華街へと繰り出した。




居酒屋の中は仕事帰りの会社員や若者でごった返していた。海鮮系の料理がメインの店のようで、店内の一角にはいけすもある。
 
雪間はホッケの塩焼きをつつきながら、ウーロン茶をコップの半分ほど飲み干した。

「雪間さんお酒は駄目なんですか?」
「いえ、仕事中なので控えているだけです」
「それだったら今夜くらいどうですか? この後はホテルに帰るだけなんでしょう」
 
あまり断っても不自然に映るかもしれないと、雪間は適当にビールを頼んでそれを飲むことにした。すぐにジョッキいっぱいに入ったビールが目の前に置かれた。

白い泡が冠のようにかぶさり、その下では黄みがかった茶色の液体が炭酸の泡をパチパチと弾けさせている。
 
よく冷えたそれを一気に喉へ流し込むと、久々の酒だったせいかやけにおいしく感じた。

「やはり弟のことを自力で探そうとしたのが間違いでしたね……もっと早く雪間さんのような方に頼んでおけば、今頃は以前のように二人で慎ましく暮らせていたかもしれないのに」
「そんなもの結果論に過ぎませんよ。気にし過ぎるのはよくありません」
 
やはり宗教団体のようなものに入って共同生活をしているということは故意に伏せているようだが、悠木のことを心配しているのは本心からのように見えた。
 
何故そんな男が自分の弟を他人に差し出せるのだろうか。洗脳でもされているのかと雪間は津島の様子をつぶさに観察していると、津島の左ひじが飲みかけのグラスに触れた。
 
あっと思った瞬間にはグラスがぐらりと揺れ、中身がテーブルにこぼれた。

「す、すいません! すぐ拭きますから!」
 
津島は酷く慌てながら紙ナプキンでこぼれてしまった飲み物を拭こうとするものの、到底それでは追いつかない。雪間は店員を呼ぼうとするが、生憎今は見える範囲にはいなかった。

「タオルとかもらってきますから待っててください」
 
雪間は席を立つと店員を呼びに行き、ふきんをもらって店員と一緒に戻って来た。濡れたテーブルやくしゃくしゃになった紙ナプキンを片づけ、キッチンの方へ戻っていく店員を見送り雪間はふと目の前を見る。
 
津島はやけに委縮して、申し訳なさそうにしていた。大の大人がするにはやや大げさな態度だなと思いながらも、雪間はしきりに謝ってくる津島へ気にしないで大丈夫だと声をかけ、泡のなくなりかけているビールを飲み干した。
 
今回の調査に関する話や、その他とりとめのない会話が続く。そんな中、雪間は酔いが回ってきているのに気がついた。疲れているのか今日はやけに酒の回りが早く、シャツの下では汗がにじんできている。頭も働かず、津島との会話もどこか上の空で身が入らなかった。
 
そのうち本格的に眠気が差してくると、雪間はテーブルに肘をつき頭を抱えた。これまで飲んだものといえばビールと酎ハイ一杯くらいで、普段ならまだ酔い潰れるには早いはずだ。

「雪間さん、大丈夫ですか? ホテルの場所教えてくれたら私が送りますよ」
「いえ、大丈夫です……迷惑はかけられませんから……」
「遠慮しなくていいんですよ。場所を確認したいのでスマホで地図見せてもらえますか?」
 
判断力の鈍っている雪間はポケットから携帯を取り出すと、津島に言われるまま目の前でロックを解除し地図アプリを開いた。そして今夜泊まる予定だったビジネスホテルの場所を教える。
 
津島が連れて行ってくれるとあって気が抜けたのか、急激に眠気が増してきた。雪間は目をこすってなんとか意識を保とうとするが、それも無駄な抵抗に終わりそうだ。

ゆっくり目を閉じ、あたりが暗闇に包まれていく。

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