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シリーズ
8
「ヤマダさんって俺と歳同じくらいだよね。よかったー、俺のお客さんって年上多いからうれしーな!」
 
古座はヤマダカズキという偽名を使っていた。慣れていない名で呼ばれるせいか反応はやや鈍く、雪間は肝を冷やす。

だが悠木はそれを緊張のせいだと解釈しているようで、幸いにも気にする様子はなかった。

「ねーねー、カズキって呼んでいい? 俺のことカナタって呼び捨てにしていいからさ」
「う、うん、いいよ……あのさ、俺こういうの頼むの初めてだから、するのはもうちょっと話してからでもいいかな?」
「もちろん! 時間もたっぷりあるしね。初めてで二時間コース選ぶなんてカズキも思い切ったよね」
 
緊張している姿がむしろ悠木の心をくすぐったのか、自然と打ち解けたような雰囲気になっていった。

「そういえばさー、カズキはどうして俺のこと指名してくれたの?」
「可愛いなって思って。年も近かったし」
「お店のサイトに載ってる写真、顔にぼかし入ってたよね?」
「あ! それはその……雰囲気とかそういうので判断したっていうか」
「フフ、別に焦らなくていいよ。俺のプロフ『初めての方におすすめ』とか書いてあるしね。それ見て指名してくれたんでしょ?」
「えっ……う、うん! そうなんだよ、俺まだ童貞だし、よく分かんなくて」
 
ボロをボロで取り繕うような会話だ。ただでさえ嘘をつくのが下手なのに、童貞だとか余計な嘘までつくなと雪間は頭を抱え心の中で叫んだ。
 
そんな雪間の心配も露知らず、古座は徐々に緊張がほぐれてきたのか饒舌になり始めた。

「カナタはこの仕事初めて長いの?」
「まさか、二か月前に入ったばっかりだよ。俺、実はこういう仕事する前はホストしてたんだ。向いてなくてやめちゃったけどね」
「そうか。でもカナタって話しやすいしそういうの向いてそうだけどな」
「アハハ、俺も自分で向いてると思ってたんだけどね。でも実際は喋れるだけじゃ駄目で、オーナーからはお人好し過ぎるなんて言われちゃって。まあ確かにそのせいで借金作ってお店やめたから、オーナーの言うことも正しかったのかな」
「……俺はそう思わないけどな。そのオーナーが言ってること全部が正しいわけないし」
「励ましてくれるの? カズキって優しいね!」
「うわっ!? ちょ、待って!」
 
二人の会話に聞き入っていると、突如衣擦れの音と古座の慌てた声が雪間の鼓膜を揺さぶった。しきりに待ってと訴える古座の様子と物音から、どうやら着ていたジャンパーを脱がされているのだと察した。
 
ジャンパーはそのまま脱がされてしまったらしく、適当なところに捨て置かれた。ポケットの中の盗聴器は二人の会話を遠くから拾っている。こちらに届く声は小さくなってしまったが、まだ会話の内容は拾えるので雪間はホッと安堵した。

「上着脱がせただけなんだから、そんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃん。へー、それにしてもカズキって思ったより筋肉ついてていい体してるね。ホントに付き合ってる人いないの?」
「いない、ってどこ触って、んっ、まだ心の準備が……!」
「お話ばかりじゃ退屈でしょ? 軽く抱き合いながら話そうよ」
「んっ、くすぐったい」
「カズキの体あったかいね。こんなに可愛いのに誰ともしたことないなんて不思議だな」
「相手に恵まれないんだよ。ところでさ、気になってたことあるんだけど」
「何かな?」
「ホスト時代借金つくってやめたって言ってたけど、その返済のためにこの仕事してるの?」
「……まあね。心配しなくても今は全額返せたし、この仕事も結構気に入ってるよ」
「そっか」
 
古座は相槌を打っているがどこか上の空だ。雪間からは音声だけしか拾えないので状況は見えないが、それだけでも分かるほど古座の様子はどこかおかしい。何か思いつめているようだ。

「カナタって自分からこんな風俗に来たわけじゃないよな。もともと働いてたホストクラブにこういう仕事斡旋された?」
「そ、そんなこと……カズキ、もうこの話はやめよう」
 
古座の質問はあまりに踏み込み過ぎている。これ以上後戻りできなくなる前に止めなければならない。
 
雪間は携帯を取り出し、電話をかけて二人の会話を中断させようとする。

「あのさ、カナタを風俗で働かせてたのって――」
 
間一髪、古座の言葉は携帯の着信音にかき消された。雪間の右耳にかかるイヤホンの向こうはその着信音以外静まり返っているが、すぐに反対の耳に当てていた携帯から古座の声が聞こえてきた。

「もしもし?」
「お前、あれ以上今の話はするな。さっきのことは適当に誤魔化せ」
「わ、わかった」
 
声を潜めながら雪間は忠告を済ませ、通話を切った。
 
しかし、これで悠木にはかなり怪しまれただろう。何故古座があんなことを口走ったのか見当もつかないが、今は二人の仲が壊滅的状況になっていないことを祈るばかりだ。
 
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら耳を澄ませていると、すぐに古座が口火を切った。

「ごめんごめん、携帯切るの忘れてた」
「気にしなくていいよ。それより誰からだったの?」
「あー、兄貴から。帰りに飯買って来いって言われちゃった。当分帰れないのにな」
「カズキってお兄さんいるんだ」
 
悠木の声はやけに暗い。嫌っているという兄のことが頭をよぎったからだろうか。

「カズキはお兄さんと仲がいいの?」
「……う、うん、それなりに」
 
古座の歯切れの悪い返事がさらに空気を重くする。このままではまずいと思ったのか悠木は明るい調子で話しかけてきた。

「あの、ごめんねこんな話して! せっかく指名してくれたんだしそろそろしよっか」
「あっ、ああ。その前に風呂入ってきていいかな?」
「もちろん! 一緒に入ろうね」
「いっ、いいよ、すぐ上がるから待ってて!」
 
古座はそう言うなり一直線に風呂場へ向かったのか、大きな足音が段々と遠ざかっていった。何かと危なっかしいところはあったが、どうにか悠木との仲がこじれる事態は回避できたと、雪間は胸を撫で下ろした。

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