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シリーズ
3
あたりが薄暗くなってきた午後五時。雪間は開店準備のため出勤してくるであろう従業員に話を聞くため、「Crash」の従業員出入り口の近くで張り込んでいた。
 
吐く息は白く、時折吹きつける北風は身を切るように冷たい。そんな肌寒さに耐えながら待っていると、金髪の見るからにホスト風な男が大通りからやって来た。
 
雪間はすかさずその男を呼び止め、極力怪しまれないような態度を取りながら話しかける。

「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですがお時間いいですか?」
「え? 俺に用?」
 
やはり男は雪間を見るなり訝しげな表情をした。スーツ姿の雪間を見て、同業者のスカウトか警察だとでも勘違いしているのかもしれない。
 
これならいきなり本題から入って、疑念を取り払った方がいいだろう。雪間は悠木の写真を取り出し男に見せた。

「半年前ここで働いていた津島悠木さんという方を探していまして、何か知っていたらお話を聞かせていただきたいのですが」
「あー、ユウか。事件にでも巻き込まれたんすか?」
「いえ、探して欲しいとの依頼を受けまして」
「なんだー、あんた探偵か。警察かと思ってびっくりしちゃった。あいつ金に困ってたしトラブル抱えてるみたいだったから、いよいよ事件でも起こしたかと思ったよ」
「津島さんは金銭トラブルを抱えていたんですか?」
「まあね。ユウを指名してた女がツケ残したまま飛んじゃって、それでユウもなかなか金返せず困った末にいつの間にかいなくなっちゃったんだよね」
 
この業界ではしばしばあることなのだろう、男は事もなさげに説明していた。失踪理由としては単純だが十分有力な話だ。
 
もっと悠木に関する詳しい話や普段の様子なども聞きたいところだが、雪間が質問を続けようとしたところで男は露骨に嫌そうな顔をしてきた。

「悪いけど今から開店準備あるんで」
「それじゃあ仕事終わりでもいいのでもう少しお話を……」
 
金を握らせてでも話を聞こうとする雪間だが、急に目の前の男の表情が強張った。それと同時に背後に人の気配がする。
 
嫌な予感がして背後を振り返ると、そこには一人の男がいた。仕立ての良いスーツを着て柔和な表情を浮かべているその男は、津島からもらった写真にも写り込んでいたこのホストクラブのオーナーと思しき男だった。

「お、お疲れ様ですオーナー!」
「お疲れ様。ところでそこの方はうちに御用かな?」
 
オーナーは雪間の方をジッと見据えながら男へ尋ねた。その目は見る者を惹きつける魅力にあふれながらも、真意を巧みに覆い隠し、底知れない何かを秘めているように思えた。見たところ歳はまだ二十代後半といったところだろう。なのにどこか老獪さすら感じられる。
 
雪間は注意深くオーナーを観察しつつ、男の代わりに自ら質問に答えた。

「半年前までそちらに在籍していた津島悠木さんについて話を伺っていました。よろしければ何か知っていることを教えていただけませんか?」
「ああ、ユウ君ですか。たぶんそこの彼が言った内容とほぼ同じことしか私も知りませんよ」
「構いません。お教えいただけますか?」
 
雪間が引き下がらないと分かると、オーナーは嫌な顔一つすることなく店の中へ入るよう促した。言われるまま中へ入り事務所に案内されると、デスクの前に置かれた椅子を勧められる。
 
素性の知れない自分のことを追い返すこともせず、腰を据えて話そうとするオーナーに少々虚を突かれながらも、雪間は改めて質問をした。

「津島悠木さんが失踪した当時、何か変わったことなどありませんでしたか?」
「そうですね……お金に困っているようで、何かと沈みがちだったとは聞いていました。彼、愛嬌もあって人懐っこい性格でしたけど、ちょっとお人好し過ぎるところもありましたからね。それが原因で金銭トラブルにもなってますから……」
「津島悠木さんが代金を肩代わりしていた女性が失踪した件について、そちらはどういう対応を取られましたか?」
「そういったこともままあることですから、別にどうということはありませんよ。対応としてはユウ君の給料から代金を天引きしていたくらいです」
「しかし現に失踪しているということは、返済がよほど苦しかったとも考えられませんか?」
「踏み倒されたのはかなりの額になりますから、仕方のないことですよ。しかし刑事か何かのような口振りですね。私、そんなに怪しく見えますか?」
 
オーナーは冗談交じりにそう言うが、目の奥は笑っていなかった。こんなところで気を悪くさせて話を中断されてはたまったものではない。雪間はうまく誤魔化すとさらに話を続け、津島悠木の普段の様子についてなども聞いてみた。
 
しかしいくら話を聞いてもそう変わったことは出てこず、結局津島悠木が店への負債を抱えていたことくらいしか有力な情報は得られなかった。オーナーも仕事があるからと席を立ち、それ以上話を聞くのは困難になってしまった。
 
渋々店を出た雪間は一人ため息をつきながら歩き出す。時間はとっくに夜の七時を過ぎていた。空は暗く薄い雲が覆っているが、繁華街の煌々と光る照明は暗闇をものともしない。
 
さっきの店が閉まってホストたちが退勤する時間帯を狙い、もう一度聞き込みをしてみようと、雪間はぼんやり考えながら晩飯を食べるため適当な店を探す。チェーン店のラーメン屋が目に入ったところで不意に携帯が鳴りだした。
 
見れば古座からの着信だった。寂しくなってかけてきたのだろうか、と冗談交じりに考えながら電話に出ると、古座は開口一番雪間の言葉を失わせた。

「もしもし雪間さん? 津島悠木の居場所分かったぽいんだけど今すぐ戻って来れる?」

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