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シリーズ
3
車に揺られること十数分、雪間と古座は古いビルの前で下された。

粘着テープの拘束は解かれたが周りを男たちに囲まれ、しかも拳銃を持っている者もこの中にいるとあっては軽率に逃走を図るわけにもいかなかった。
 
二人は不安で心を陰らせながら大人しく言われるままについて行くと、ビルの中の一室に連れ込まれた。

スイッチを入れると蛍光灯が瞬きながら点灯する。青白い光に照らされたその部屋は、机のひとつもなく殺風景で必要以上に広く感じられた。あまり使用されないのか床にはうっすらとホコリも積もっている。

「まったく、お前らのせいでこっちはとんだ大損こいちまったじゃねえか。本当に俺たちのこと騙すつもりはなかったってんだな?」
「ああ、そうだ。もしすべて知ってておとり役をしてたんだったら、珠樹は俺を助けにのこのこやって来るはずない。偽物の荷物なんか渡したところで殺されるだけだから、俺を置いて一人で逃げてるはずだ」
「そーそー! 無関係の俺たち絞り上げたって何の得もないんだし、本物のブツ持ってる奴探すのに専念した方がいいんじゃねえの?」
「うるせえ、言われなくてもやってんだよ。ただ、もう逃げちまっただろうな。お前らのせいで無駄な時間を過ごしすぎた……」
 
憎々しげに歯ぎしりをする男は部下たちに何やら指示を飛ばしている。慌ただしい足音ともに何人かが部屋を出て行ったり、男の携帯が何度も鳴ったりと、あきらめたような言葉を吐く割にはいまだ執念深く荷物を追っているようだった。

「とりあえず今はお前らの相手をしてる暇はねえ。しばらくここにいてもらおうか」
 
後ろ手に手錠をかけられ、古座の右足と雪間の左足も同じく手錠で繋がれる。携帯なども没収され、脱出する手立てはすべて取り上げられた状態で、雪間と古座は物ののように捨て置かれ、殺風景な部屋に二人きり取り残されてしまった。
 
電気の消された部屋は暗く、ブランドの閉じた窓からはわずかな光も漏れてこない。生ぬるく埃っぽい空気の流れるここはいるだけで息がつまりそうだ。

「やばい状況になっちゃったな。雪間さんピッキングとかしてこの手錠外せない?」
「無理だ、使えそうな道具は没収されたし、そもそもこの状態でピッキングできるほど器用じゃない」
「どうにもなんねえか。手錠されたまま二人三脚で逃げるわけにもいかねえよなあ」
「奴らの欲しがってるものが無事手に入って、俺たちに対する怒りを忘れるよう祈るしかないな」
 
希望的観測を口にしながらも雪間はそれが望み薄だと自覚しているようで、ため息は重々しく表情は沈んでいた。

「そんなに都合よく行くといいけどな。俺、ここに来るまでに結構な人数ぶっ倒してるから絶対恨まれてるよ」
「何とか言いくるめるしかない。俺たちを無事に帰した方が利があると思わせる方法を考えないと」
 
逃げることもできないのなら口先でどうにかするしかない、と雪間は深く考え込み始める。古座はあきれたように雪間の無意味な行為へ愚痴をこぼすが、集中している雪間の耳には遠くの雑音にしか聞こえなかった。




閉め切られているブランド越しにもうっすらと明かりが見える。もう朝が来たのかと雪間はおもむろに顔を上げ、強張った体から力を抜いた。

昨夜からあれこれと考え事をしていたせいで一睡もできず、こんな状況のせいもあって疲労が重くのしかかっていた。しかし生きるか死ぬかの瀬戸際ともいえるこのタイミングで仮眠をとる気にもなれなかった。
 
いつあの男が部下を引き連れここへやって来るかと気が気でなく、待っている時間が雪間の神経をヒリつかせる。
 
そんな雪間とは対照的に、隣で横たわる古座はもう三時間はぐっすりと夢の中にいた。起きる様子も見せず寝息を立てている姿を見ると、雪間はイラつきこそしたが、それ以上に安堵もしていた。異常事態の中にいるからこそ普段と変わりないものを見ると安心できるのだ。
 
しかしこのまま寝せているわけにもいかないと、雪間は身をかがめて古座の耳元で起きるように促した。

「おい、いつまで寝てるんだ。ここは家じゃないんだぞ、いい加減起きろ」
「んん、うるさいなぁもう……起きりゃいいんだろ、いてて」
 
目を覚ました古座は体を起こすと痺れた腕に顔を歪めた。

「クソ、ずっと背中で手ぇ組んでるとすっげえ疲れるな。そんで、何かいい説得でも思いついた?」
「いや、決定打になりそうなものは何も……」
「そんなんだろうと思ってたけどさ。もういいじゃん、思いつかないんならあきらめろよ。恨まれてるのだってどうせ俺くらいだし、雪間さんは自分が助かる方法でも考えたら――」
「駄目だ! お前だけそんな目に遭わせるわけにはいかない。もし解決案が浮かばなかったら俺も一緒にお前と責任を取るからな。分かったか?」
「こんな時に変な意地張ってる場合じゃないだろ」
 
頑なな雪間にあきれる古座は不意に顔を近づけると唇を重ねた。急なことに驚く雪間をよそに古座は唇の感触を味わうと、ひとり満足したように口を離した。

「もし俺に何かあったらこんなことできなくなるかもしれないし、今は喧嘩より雪間さんの近くにいたいな」
「そんな縁起でもないことを、ば、馬鹿! こんなとこで何するつもりだ!」
 
雪間の両ひざに重みがのしかかる。手錠の鎖をガチャガチャいわせながら古座は雪間と向かい合うように膝の上へ座ると、再びキスをせがむように顔を近づけた。
 
拒むこともできず雪間は素直にそれを受け入れようとした。だがその矢先、乱暴に部屋の戸が開かれた。戸は勢い余って壁にぶつかり、その大きな音に古座は雪間の膝に乗ったまま体を硬直させてしまった。

「あ? てめえら何やってんだ?」
 
入ってきたのはあの男だった。至近距離でもつれあう二人を見て怪訝な表情をするが、すぐにニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

「やけに距離が近いと思ってたがそういう関係だったのか。それにしてもこんな状況で盛りあうとはずいぶんのんきなもんだな」
「さ、盛りあってない! んなことより探してたもんは見つかったのかよ?」
「ああ、お前らの依頼主もどうにかとっ捕まえて、ブツも回収できた」
 
男の言葉を聞いた古座も雪間もホッとしたように顔を見合わせた。目的の物を回収できたのならこれ以上自分たちに用もないはずだ。だが、待ちわびていた「用は済んだから帰れ」という言葉はついに男の口から聞かれることはなかった。

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あきゅろす。
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