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シリーズ
1
毛細血管のように張り巡らされた路地を古座は息を切らしながら走っていた。夜ということもあって滅多に人とすれ違うこともなく、必死な顔で何かから逃れるように走っていても気に掛ける人間は誰もいない。
 
でたらめに角を曲がり、向こうに大きな通りと行き交う人々が見えてくると、少し安心したのか歩みを緩めて目深にかぶったキャップを脱いだ。

ずっと走り回っていたせいで汗が額ににじんでいる。着ていたジャージのジッパーを下ろせばムッと汗の臭いが鼻をつき、思わず顔をしかめてしまった。

「クソ、逃げ回ったせいで変なとこ来ちゃったな。雪間さんとの合流地点どこだっけ」
 
携帯を取り出すと地図アプリを起動して登録してあった場所を確認する。目的地の立体駐車場は現在地からやや離れたところにあった。まだ走らなければならないのかと肩を落としつつも、古座は気合を入れなおすように背負ったリュックの肩紐を握り締めた。

「あっ! こんなところにいやがったな! おい、捕まえろ!」
 
大声がして古座はハッと大通りに繋がる方を見た。狭い路地に立ち塞がっているのは、見るからにチンピラといった男たちだった。それもざっと五人はいる。
 
こちらを指さしながら大声で叫ぶ男を認識した瞬間、古座は舌打ちをしながら踵を返し、元きた方向へ脱兎のごとく駆け出した。

「もおっ、なんで先回りしてんだよ馬鹿! こんなんじゃいつまでたっても着かねえよ!」
 
悪態をつき文句を言ったところで男たちは容赦なく後を追ってくる。喉の渇きや疲労に悲鳴を上げる体へ鞭打って、古座は夜の街を駆け抜けた。




道中何人か殴り倒しつつ、何とか追手をまいた古座は雪間が待っているはずの立体駐車場の近くまで来ていた。散々走り回ったこともあり、もはや走る体力も残されておらず、フラフラと歩くので精いっぱいだ。
 
それもこれも背負っているリュックの中身のせいだと古座は苛立ちをぶつけた。
 
黒いリュックの中にはとある依頼主から預かった物が入っていた。厳重に包まれたそれの中身は確認のしようがないが、これを求めて複数の追手が迫っている現状を考えるとかなり訳ありの物なのだろう。
 
古座と雪間はこの荷物を受け取り、指定された場所まで運ぶよう依頼を受けていた。当初は危険な仕事ではないと聞かされていたのだが、蓋を開けて見れば無数の追手に追われバイクを用意し待機している雪間と合流するのもままならない。
 
これでは提示されていた報酬では到底割に合わないと、古座は依頼主に文句の一つでも言いくなる。
 
顔を上げるとビルの向こうに目的の立体駐車場が見えてきた。やっとゴールだと心の中で歓喜していたところ、水を差すように携帯の着信音が鳴った。
 
出てみると雪間の声が携帯越しに聞こえてくる。

「おい、大丈夫か? 予定より遅いが何かあったのか?」
「悪い、荷物受け取ってそっちに向かってる途中、襲われちゃったから逃げ回ってたんだよ。ひとまず追手はまいたし俺は無事だから心配すんなよ」
「ああ、無事ならいいんだ……」
「それよりそっちは大丈夫? って、待ってるだけなら別に危険もないか」
「ま、まあな。それで、その……」
 
雪間の様子がどこかおかしい。声音や声のわずかな震えが非常事態であることを訴えている。古座は何があったのか尋ねようとしたその刹那、吹っ切れたように雪間は叫んだ。

「珠樹! こっちに来るな! 今すぐ逃げろ!」
 
いきなりのことに混乱する古座をよそに、携帯からは何かを殴りつける音と雪間の短く、くぐもったうめき声がした。

「こいつ、余計なこと言いやがって」
 
知らない男の声がして、古座はすぐ雪間の身に何が起きたのかを悟った。雪間は先回りした追手に捕らえられ、電話をかけて自分をおびき出すよう脅されたのだ。

「雪間さん大丈夫!? 返事しろよ!」
「うっ、大丈夫だ……お前は遠くへ逃げろ。早く……うわっ!」
「チッ、お前はもうしゃべるな。もしもし? お前がブツ持って逃げてるガキだな。大体分かってるだろうが仲間助けたかったらそのままこの駐車場に来い。着いたら俺の部下がお仲間のところまで案内してやる、いいな?」
 
雪間の携帯を奪い取ったのか、乱暴な口調の低い声の男が電話に出た。ギリギリと奥歯を噛み締めながら古座は雪間を助けるための色々な可能性を模索する。単身追手の元へ乗り込むか、一旦雪間の言う通り逃げて状況の把握と態勢を整えるか。
 
だが雪間を人質に取られ、体力の消耗が激しいなか無事に二人とも助かる道は限られていた。

「分かった。俺の運んでる荷物渡したらちゃんと雪間さんも助けてくれるんだな」
「まあな、変な気は起こすなよ」
 
プツリと通話が打ち切られる。自分の運んでいる荷物を渡すしか雪間を助ける方法はないと、古座は覚悟を決めまっすぐに立体駐車場へ向かった。

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