[携帯モード] [URL送信]

シリーズ
15
「よく分かんないけど秋もなんか戻って来たみたいだし、乾杯!」
 
居酒屋の一角で楽しそうに笑って井瀬が音頭をとっている。同じテーブルについている古座も雪間も気乗りしない様子だったが、井瀬の隣に座っている鐘辻だけは、井瀬と同じテンションで楽しげにビールの入ったジョッキを掲げていた。

「乾杯! 秋も古座君もグラス出して!」
「あーもう分かったから急かすな」
 
雪間が面倒くさそうに返事をすると、改めて全員で乾杯をした。鐘辻も井瀬も一気にビールを飲み干していく。その様子を向かいから見ながら、雪間はしかめっ面で古座に耳打ちをした。

「どうしてあの二人がいるんだ?」
「雪間さんが戻って来たって言ったら、どうしても会いたいって頼まれて」
「どうしようもなく口の軽い奴だなお前は……!」
「だって早めに言っとかないと後が怖いんだもん」
 
納得はいかないがこれ以上古座を責めてもしょうがないと、あきらめた雪間はビールをあおった。しかしそれでも納得いかないことがある。何故鐘辻だけではなく井瀬までこの場にいるのかということだった。
 
古座が呼んだのかと尋ねても首をひねるばかりなので、どうも鐘辻についてきたらしい。どうして大して親しくもない自分のための飲み会に参加しているのか不思議だったが、すぐにその理由が判明した。

「なーなー、珠樹に聞きたいことがあったんだけどさ、これって珠樹だよな」
 
不意に井瀬が携帯の画面を古座の方へ向けてくる。古座の隣に座っていた雪間にもそれが見えた。

画面に映っていたのは顔見知りの風俗店のボーイと、蛍光オレンジのウィンドブレーカーとミニのパーカーを着た女だった。しかし違和感を覚えてよく見てみると、女だと思っていたそれは女装した古座だった。

「あっ、うえっ!? な、なんでこんなの撮ってんだよ!」
「やっぱそうだったんだ。客引きしてるの見かけたから話しかけようかと思ったけど、ホントに珠樹か分かんなかったからできなかったんだよねー」
「消せよそんなもん!」
「だいじょぶだって、可愛いから照れんなよ。つか、一万払うからこの格好で一発ヤってくんない? 駄目ならしゃぶるだけでもいいから」
「いいわけないだろ、自分でしゃぶってろ!」
 
しゃぶるだのしゃぶらないだの、聞いているだけで頭の痛くなりそうな会話がすぐ隣で繰り広げられる。井瀬の目的は雪間の復帰祝いなどではなく、古座の方だったようだ。

それとは別に、雪間の目の前に陣取っている鐘辻は、一方的に自分の思いやどれほど心配していたのかを語っていた。

「秋が本当に赤尾なんかのこと好きだったら、俺はどうなってたか分からないよ。戻って来てくれてよかった。これからは何かあったらすぐに教えてくれ」
「分かった分かった、今度からそうする」
「約束だぞ。俺は秋のためならなんでもするからな」
 
身を乗り出して迫って来る鐘辻を適当にあしらい、雪間は残っていたビールを飲み干した。隣では押しの強い井瀬にうんざりした古座が、やけくそになってビールや酎ハイを浴びるように飲み出した。
 
あまり飲み過ぎるなと忠告はしたが、古座はすでに真っ赤な顔をして、話す言葉も呂律が回らなくなっていた。気づけば鐘辻も井瀬も、酔っているのかヘラヘラと笑ったり何かわめいたり、目も当てられない醜態を晒している。こうして泥沼のような飲み会が始まった。




結局飲み会も何やかんやと盛り上がり、雪間と古座がアパートに帰って来たのは夜遅くになってからだった。ベロベロに酔った古座を引きずるように抱える雪間は、家に帰りついた頃にはすっかり疲れ切っていた。

酒が入っているせいでいつも以上に足がふらつく。やっとのことでソファーにたどり着くと、そこへ古座を下ろし、雪間もその隣に座って少し休むことにした。ベッドはすぐ隣の部屋にあるのだが、もう一歩も歩けないほど疲れていたのだ。

「うう……雪間さんもう着いたの?」
「とっくについてるぞ。まったく、飲み過ぎるなって言っただろ」
「そんなに飲んでなかったよ。それにしても楽しかったなあ。雪間さんももっと飲めばよかったのに」
「あんなにグチャグチャになってたら、誰か一人くらいまともな人間が残ってなきゃ駄目だろうが」
 
居酒屋での惨状を思い出しながら、雪間はうんざりしたようにため息を漏らした。雪間以外の三人が酔っぱらっていた様は、混沌と言う他なかった。
 
古座は常に何かを食べながら雪間にベタベタとくっつき、鐘辻は延々と雪間のことを口説く。井瀬に至っては古座をホテルへ連れ出そうと何度も試みていた。これだけでも滅茶苦茶だが、誰も意思疎通を図ろうとせず、自分の主張だけをぶつけてくるのでそれは酷いものだった。

あんな乱痴気騒ぎを「楽しかった」と言ってのける古座にあきれながら、雪間は古座を寝かしつけようとソファーを立った。

「もう遅いんだから寝ろ」
「あーっ、待って! なあ、今から大事な話するから真面目に聞いてくれよ」
「大事な話ってなんだよ?」
 
酔っ払いの戯言かと片づけようとする雪間だが、今に限っては古座の表情は素面の時のように真剣で、思わず手を止めてしまった。

[*前へ][次へ#]

16/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!