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シリーズ
4
流し台の蛇口からしたたり落ちる水滴の音がよく響くほど、静まり返った部屋。深夜なので外からの物音も滅多にせず、古座はいつものようにソファーに横になって眠っていた。

ここ最近は色々と思うところもあるせいか眠りは浅く、何か些細な物音でも目を覚ましてしまうことがよくあった。
 
ちょうど遠くからカツ、カツと革靴のかかとが、コンクリートの床を踏み鳴らすような乾いた音がしていた。その音は徐々に古座のいる部屋へ近づいてくる。
 
すると古座は例によって浅い眠りから目覚め、横になったまま注意深く物音へ耳を傾けた。足音は確実にこの部屋へ向かっている。こんな時間にここへ来るのは雪間以外に考えられず、古座は起きていることがバレないよう、顔をソファーの背もたれの方に向け、狸寝入りを敢行した。
 
やはり足音の主は雪間だった。「ただいま」と小さな声が玄関からして、聞きなれた足音がこちらへ近づいて来る。

「……また毛布も掛けないで。しょうがない奴だな」
 
毛布もせずに寝ていたことがあだとなり、雪間が至近距離までやって来て、古座は寝たふりをしたまま体を硬くした。足元に追いやっていた毛布が体にかかり、雪間の息遣いを耳元に感じる。

しかし毛布を掛け終わっても雪間の気配はなくならなかった。何をしているのか気になる古座だが、寝返りを打とうにもすぐ後ろに雪間がいるのでそれもできず、早く自分の部屋に戻ってくれと心の中で念じることしかできない。
 
耳にかかる吐息はやけに近く、離れるどころか近づいている気配すらする。雪間の手が頭を優しく撫でてくると、いよいよ古座は緊張のせいで震えを起こしそうになった。

「珠樹……すまない」
 
間近に伝わってくる息遣いはわずかに荒く、まるで興奮しているようだ。すまないと言ったのは、自分に心配をかけていることへの罪悪感の表れだろうか。それともここ最近ろくに仕事をできなかったことに対する謝罪だろうか。

雪間に一体何があったのか、古座は考えを巡らせていると、不意に頭を撫でていた手が頬へと伸びてきた。
 
心臓が一段と跳ね上がる。なんだかものすごくよくない気がして、このまま寝たふりを続けるべきかと問答していると、耳元でまた雪間の囁き声がした。

「終わったら好きなもの食べさせてやる。だから、少しだけ我慢してくれ」
 
雪間の吐く息が肌を撫で、頬を撫でていた手は肩をつかんで古座を仰向けにさせた。まずい、古座は目をつむったまま焦る。こうも表情がハッキリ見えてしまっては下手な動きはできず、もう一回寝返りを打って背もたれ側を向こうにも、そのタイミングが分からない。
 
そうしている間にも雪間の手は頬を撫で、唇に触れてきた。さっきの雪間のつぶやきも相まって、意味深な行為にしか思えず、古座はいよいよ我慢できなくなって硬く閉じていた目を見開いた。

「うわっ、な、何してんだよ!」
 
薄暗い視界に雪間の姿が映る。思ったよりも間近に迫っていて、その顔は古座と同様に驚愕に歪んでいた。

「お前、起きてたのか」
「んなことより、今何しようとしてたんだよ! 俺の、く、唇触って……!」
「変なこと想像するな。ゴミついてたから取ってやったんだよ」
 
雪間は指先についたスナック菓子の食べカスをティッシュで拭うと丸めて投げ捨てた。

「ゴミ? 何だよもう。ビックリさせんなっての」
「一人で勝手に驚いてたんだろうが。それよりずっと起きてたのか?」
「いや、人の気配がしたから目が覚めて……」
 
我ながら下手な嘘だと思う古座だが、雪間はそれ以上追及してこなかった。

「まあいい、まだ三時なんだからさっさと寝ろ」
 
邪険な物言いとともに雪間は自室へ戻ろうとする。古座はその背中を見た瞬間、何故か反射的に雪間の腕をつかみ、行かないよう引き留めてしまった。
 
雪間は驚いたような顔をしてこちらへ振り返り、古座はどうしてこんなことをしてしまったのだろうと後悔に包まれながらも、勢いのまま思いの丈を口にした。

「あのさ、最近ずっと朝帰りだし死にそうな顔だし、ホントに大丈夫なのかよ? いくら付き合っててそういうことヤってるからって、さすがにおかしいだろ」
「デ、デリカシーのない聞き方だな。お前には関係ないことだ」
「関係ある! 一応相棒なんだし、ほっとけるわけないじゃん!」
 
古座が勢い任せに詰め寄ると雪間は思わず後ずさり、困惑したような表情をする。ここまでハッキリと真っすぐな思いを言葉にされるのは珍しいことだったので、どう反応していいものか分からなかった。
 
古座の方も自分で自分の言葉に驚きながら、それでも今さら熱くなった心を抑えることができず、さらに話を続けた。

「雪間さんが誰を好きになっても別にいいけど、でも赤尾って奴はそこまでボロボロになって付き合うほどの人間なのかよ?」
「それは……」
「俺じゃ代わりになれないかな? 俺だったら雪間さんのことそんなに追い詰めたりしないし」
 
古座は衝動的に言ってしまった言葉が、まるで告白もどきであることに気づくと、顔を赤く染め、ブンブンと頭を横に振って自分の言葉を否定した。

「ち、違う! 今の冗談だから! 代わりにっていうのは、その……とにかく変な意味じゃないから!」
「お前が代わりか」
 
古座の体に雪間の腕のが伸びてきて、そっと抱き寄せられる。何をされているのかすぐには理解できず、古座は唖然としたまま雪間に身を委ね、唇と唇を重ねられた。
 
温かく柔らかい感触が唇を貪り、開いたその間から濡れた舌が入って来た。雪間の舌は古座の口の中を探るように動きながら、やがて古座の舌を見つけると、自分の舌と絡め合わせて濃厚なキスを始めた。
 
古座もようやく自分が何をされているのか認識したのだが、もはや雪間の腕から逃れることもできず、素直にディープキスを受け入れるしかない。湿っぽい音が頭の奥に響き、雪間とキスをしているという事実が何よりも古座の感情を揺さぶる。
 
雪間のキスに骨抜きにされた古座は、気を抜けばその場にへたり込みそうだった。その体を支える雪間もそれに気づいていて、キスを一旦止めると古座を背後のソファーに寝かせ、古座に覆いかぶさるようにしながらまたキスを再開した。

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