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シリーズ
7
「もうちょっと聞き方ってもんがあるだろ! なんでいきなり赤尾の名前出すんだよ!」
 
電話が切れ、それと同時に古座は激しく鐘辻を非難した。ただでさえ雪間へ電話を掛けることには反対だったのに、こちらの内情を大っぴらに話されてはそれも仕方ないことだった。

「まあ、でもおかげで秋と赤尾を呼び出せたんだし結果オーライってことで」
「……そ、それはそうかもしんないけど」
 
上手く丸め込まれているとは薄々感じながらも、古座は鐘辻の言葉にうなずくしかなかった。過程はどうあれ雪間と面と向かって話す機会ができたのだ。不安は当然のように付きまとうが、古座はグッと目をつむると覚悟を決めた。




気がつくとブラインドの向こうの空は赤く染まっていた。
 
雪間は段ボールから取り出したファイルの束を棚にしまい、ふぅと息をついた。段ボールが山積みだった事務所も、雪間が今の今まで片づけをしたおかげで見違えるように綺麗になっている。
 
先ほどのファイルが入っていた段ボールを潰すと、ようやくすべてが片づいた。

「ほとんど片づきましたね! お疲れさまっす」
 
部屋の隅で潰した段ボールを紐で括っていた赤尾も作業を終え、こわばった肩をグルグルと回していた。

「晩飯食いに行きましょうか。俺奢りますよ! 先輩、何食べたいっすか?」
「あんまり腹は減ってないから何でもいい」
 
投げやりな返事をする雪間の表情はあまりすぐれない。食事を澄ませば古座や鐘辻に会って、赤尾のことを説明しなければならないからだ。
 
言い出したのはきっと古座だろう。昨晩からの様子を不審に思い、何を血迷ったか鐘辻に相談したというのは想像に容易い。

まさか赤尾と肉体関係を持っているということまでは気づいているはずもないだろうと高を括る雪間だったが、それでもこれから鐘辻まで交えて話をしなければならないと考えると、生きた心地がしなかった。

「しかし夜に急な予定が入ったもんっすね。先輩の相方君と、えーっと情報屋でしたっけ? 呼び出してくるなんて何か怖いなー」
「だったら来なくていいんだぞ」
「まあちゃんと説明はしてあげないといけませんから」
 
赤尾は胡散臭い笑みを浮かべ、ふと何か思い立ったように雪間の顔を覗き込んだ。

「そうだ、腹減ってないんだったら、今からホテルに行きましょうよ! 話し合いの前に一発ヤって気合い入れるとかどうっすか?」
「ふ、ふざけるな! 大事な話の前にそんなことできるか!」
「へぇ、じゃあ先輩は可愛い相方君と大事な話をした後に犯されたいんですね」
 
赤尾とホテルへ行くのは確定事項である以上、どのタイミングで行くかが重要だった。

話し合いの前に行けば疲れ切った顔を古座たちに晒すことになる。最悪、情事の痕跡を発見されるかもしれない。逆に話し合いの後に行けば、古座のことを引き合いに出されながら散々に犯されるのは確実だ。おまけにその後の予定がないせいで、朝までそれが続くかもしれない。
 
どちらへ行っても地獄に変わりないが、雪間は熟慮の末マシだと思う方を取った。

「今から行ってもいい」
「それなら最初っからそう言ってくださいよ。先輩って素直じゃないなぁ」
 
ニヤニヤ笑う赤尾を無視して雪間は部屋を出ると、ビルの廊下にたたずんでぼんやりと目の前を見つめた。不機嫌な態度を装ってみても内心は酷く不安定で、スーツの下では冷汗がタラリと流れ、心臓が鼓動を打つたび胸の奥が鈍く傷んだ。

「準備OKっす。それじゃ、行きましょっか!」
 
事務所の扉が開き、やけに楽しげな赤尾が黒い鞄を持って姿を現す。強く手を引かれ、雪間は静まり返った廊下を抜け事務所の前の通りへ出た。
 
いいところを知っていると赤尾が言うので、言われるままついて行くと、いつしか周囲はただのうらぶれたビル街から、いかがわしい店の集まる風俗街に変わっていた。

まだ夕方なので人通りもあまりない道を歩いていると、赤尾は古びたラブホテルの前で足を止め、何の迷いもなく雪間をその中へ引っ張り込んだ。
 
まさに場末という言葉が似合うそのホテルに入ると、赤尾はフロントで鍵を受け取って足早にエレベーターへと乗り込んだ。雪間もその後を追ってエレベーターへ乗り込む。
 
ガタガタと不安になる音を立てながら上昇を開始するエレベーター。赤尾はようやく密室で雪間と二人きりになれたことで気を緩めたのか、必要以上に饒舌になっていた。

「ここボロい代わりに安いんですよ。先輩とまた会うようになるんなら、ホテルも手頃なところ探しとかなきゃいけないなって思ってリサーチしてたんです。俺って偉いっすよね」
 
くだらない冗談に付き合う気も起きず、雪間は無言を貫く。すると気を悪くした赤尾は雪間の体を壁に押しつけ、唇が触れ合いそうなほど至近距離まで顔を近づけながら、怒りをあらわにした。

「ちゃんと返事してくれなきゃ駄目じゃないっすか。なんで楽しい気分に水を差すんですかね」
「……悪かった。少し疲れていて――」
「今から疲れてるんじゃ、これからもたないっすよ」
 
赤尾の瞳に残虐な色が灯る。これからどんな陰惨なことをするのか如実に語るその目に、雪間は総毛立つ思いだった。

そして昔嫌というほど味あわされた悪夢が、まるで昨日のことかのように細部までくっきりと思い出され、雪間は深い絶望へと叩き落とされた。

「先輩、今日は何して欲しいですか?」
 
早く答えなければまた赤尾の機嫌が悪くなる。焦る雪間だったが恐怖と不快感で頭は上手く回らず、二の句が継げない。
 
しかし、そこへ助け舟を出すかのように、エレベーターが目的の階へ到着したことを知らせるチャイムを鳴らした。重々しい音を立てながらドアが開き、ひとまず赤尾は雪間から手を離してエレベーターを降りた。

「部屋はあっちみたいっすね」
 
話が途切れてしまったことでやや不機嫌になった赤尾は、それまでと違い言葉少なに雪間を連れて部屋に向かった。

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