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シリーズ
10
朝日が昇り、暗闇で覆われていたビルの谷間にも光があふれていく。古座はその朝日に背を向けて、わずかに残った暗闇を求めるかのように、路地の間をフラフラとした足取りで歩いていた。
 
頬は赤らみ、吐く息は酒臭く、瞳は日の光が昇り始めた頃だというのにまどろんでいる。誰がどう見てもその姿は酔っ払いそのもの。事実、古座は例の店を出てからというもの、もらった金を握り締め、開いている店を探してはひたすら飲み明かしていた。
 
だが、さすがに朝を過ぎてもそんなことをしているわけにはいかない。気は進まないが帰路に就く古座は、いよいよ自分の住むアパートの部屋の前まで来た。

無言で扉を開き、恐る恐る中をのぞくと、カーテンを閉め切っているのか部屋の中は薄暗かった。

「雪間さん、いる?」
 
呼びかけてみるが返事はまるでない。ひょっとしたらまだ帰ってないのか、と思って古座は部屋の中へ足を踏み入れると、目の前に広がる光景に思わず口をあんぐりと開けた。
 
雪間は部屋の中にいた。しかしソファーにふんぞり返り、珍しく大きないびきをかきながらだらしない姿を晒し眠っている。

周囲を見渡してみれば、机の上のみならず床にも酒瓶が無造作に転がり、古座はすぐに雪間がやけ酒の末寝てしまったのだと察した。
 
すぐにでも横になりたい古座は酔っぱらった雪間を起こそうと近づき、声をかける。

「おーい、いつまで寝てんだよ」
「んっ……珠樹か?」
「まだ酔っぱらってんのかよ? そこどいてくれないと俺眠れないんだけど」
「悪い……酒臭いなお前」
「そっちも酒臭いっての」
 
雪間が重たげに体を起こすと、古座は空いた場所に腰を落ち着け、隣に座る雪間へ目をやった。
 
雪間は寝起きの赤く腫れた目を眠そうにこすり、二日酔いの重たい頭を抱え眉間にしわを寄せている。酒にそれほど弱くない雪間がそんな姿を見せるのは珍しく、古座は何となしにその顔を見ていた。

「人の顔ジロジロ見てどうした?」
「な、何でもない! その、昨日のこと覚えてるかなって、気になって……」
「あんなの忘れたくても忘れられないだろ。まったくお前はどうして怪しいことにばっかり首を突っ込むんだ」
「朝から説教なんか聞きたくないっての。そもそも雪間さんだってあそこではっきり俺のこと拒否ってれば、あんなことにはならなかったのに……ひょっとして雪間さん、俺のこと好き?」
 
古座は昨晩の記憶を引きずるまいと、あえて話のタネにしてみるが、雪間の反応は芳しくない。その顔はいつにもまして真剣で、射貫くような視線が古座を貫いていた。

「好きって言ったらどうするつもりだ?」
「えっ、マ、マジで? それは、その……そっちがどうしてもって言うんなら別にいいぜ」
 
告白じみた言葉をすんなり受け入れる古座は、恥ずかしそうにモジモジしながら雪間の顔をチラチラうかがう。

やけにしおらしいその仕草に戸惑ったのは雪間の方で、すぐに真顔に戻ると古座の額を指先ではじき、疲れ切ったような声を出した。

「本気で言ってるわけないだろ。そうやってなんでも真に受けるなよ」
「なんだ、冗談か! よかったー!」
 
古座はホッと胸を撫で下ろすが、同時に少し寂しそうな顔をした。

「でも、雪間さんとなら本当にそうなってもいいかも」
「な、なんだって? お前、本気でそんなこと……」
「もー、何本気にしてんだよ。冗談に決まってんじゃん! さっきのお返しだっての」
 
いたずらっぽく笑う古座に、雪間は状況を飲み込めずしばし動きを止める。しかしすぐに自分がからかわれていたことを理解すると、古座の頭を軽くはたき、眉間にしわを寄せ深々とため息をついた。

「お前が言うと冗談になってないんだよ」
「なんだよ。それじゃあまるで俺が雪間さんに本気で惚れそうになってるみたいじゃん」
 
不機嫌そうに口をとがらせる古座を見て、雪間の頭に昨晩の古座の姿がよぎった。扇情的な格好をしながら、我慢ができないと甘えるように自分へすがってくるその姿は、どことなく古座の本心から来ているような行動にも思える。

もちろん今の古座ならそのことを伝えても、「あの時は正気じゃなかった」と言って自分の行為を否定するだろう。
 
だが本当にそうなのだろうか。実は今もあの時のような気持ちを心の奥底に抱いていて、それをひた隠しにしているのではないだろうか。

雪間はそんなことを考えていると、ふと図星を突かれた時の居心地の悪さを自分の中に覚えた。

「疲れた。俺はまた寝直すから、お前も寝るんだったら毛布か何か上にかけておけよ」
 
自分の中で膨らむ疑念を振り払うように雪間は立ち上がり、おぼつかない足取りで自室のベッドへ向かう。

「はいはい、分かってるよ」
 
おざなりな古座の返事。しかし本気で鬱陶しがっているわけではなさそうで、むしろ嬉しさのようなものがその短い返事からにじみ出ているようだった。
 
それきり会話らしい会話もなく、二人はまた深い眠りについた。

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