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シリーズ
5
「かーねーつーじー、いきなり走り出すなっつうの! どこ行ってんだよもお」
 
人混みをかき分け雪間たちのもとへやって来たのは、革ジャンを着た金髪の男だった。いくつものピアスが耳や唇を飾り、パンクロッカー風の風貌に拍車をかけている。その口ぶりからしてどうやら鐘辻の知り合いらしかった。

「あっ!? ひょっとしてそいつが鐘辻の言ってた便利屋?」
「井瀬(いせ)には関係ない。どっか行っててくれ」
「関係ないことないだろー! そういうのってマジでねえわ」
「だから? 秋のことをお前に紹介する義理なんてない」
「はぁ? そういうの冷たくねぇ? なーんでお前ってそうなんだよ」
 
井瀬と呼ばれた男と鐘辻は、互いに相手のことをなじり、罵っている。雪間とボーイは最初こそ呆然としながらそれを見ていたが、次第にあきれてしまい、お互い困ったように顔を見合わせた。
 
ボーイはもう雪間と話す気も削がれてしまったようで、しきりに店へ帰りたそうな顔をしていた。仕方ないので雪間はボーイへ「今のうちに帰れ」と言い、それに従ったボーイの背中が人混みに紛れていくのを見守った。

「はいはい、見苦しいからそこでやめろ」
 
ボーイの姿が見えなくなると、雪間は潮時だとばかりに鐘辻と井瀬の間に割って入り、口論を強引にやめさせた。

「で、状況が全然飲めないんだが。誰なんだ、その――」
「あんたが秋? 鐘辻の野郎から話は散々聞かされてるぜ! 大変だよなあ、あんたも。こんな変態ストーカーに付きまとわれちゃってぇ」
 
井瀬は屈託のない笑みを浮かべ、雪間を励ますようにその背をポンポンと力強く叩いてきた。だがその手はすぐさま鐘辻の手に払いのけられ、フラフラと宙を漂う。
 
鐘辻の井瀬を見る目はどこか冷たかった。もっとも、敵対意識からくる冷たさというよりは、面倒くさい悪友を冷ややかに見ているというのに近いだろう。

「悪い、秋。紹介が遅れたな。こいつは井瀬っていって、俺の知り合いの情報屋兼チンピラのパシリだ」
「パシリじゃなくて雑用係だっつうの。ま、情報仕入れやすいからやってるだけだけどなぁ」
 
井瀬は雪間の前へ手を伸ばしてくる。どうも握手をしようということらしいが、雪間はそれをあっけなく無視して鐘辻へさらに質問を続けた。

「何をしてるんだお前ら?」
「いや、井瀬に誘われてカジノに行こうとしてたんだ。でも今から予定変更して秋と二人きりで何か食べに行こうか」
「行くわけないだろ、今日はもう帰る」
「それじゃあ俺が秋の家に行くよ。ご飯だって作ってやるし、疲れてるんならマッサージもしてやるよ」
「しなくていいから来るな」
「そう言うなよ、な? ゆっくり話したいこともあるし、二人きりになりたいんだ」
「だから――」
「じゃあ俺の家に来るか? そっちの方がいいな、秋の部屋も汚さずに済むし」
 
いつの間にか壁際に追い詰められていた雪間は、異様にギラギラした目でこちらを見つめてくる鐘辻に詰め寄られ、威圧もできずに固まっていた。
 
ところが急に目の前まで迫っていた鐘辻の体がぐいと後方へ引き下がった。井瀬が鐘辻の肩をつかんで自分の方へ引き寄せたらしい。井瀬はみるみる不機嫌になる鐘辻をまるで気にすることもなく肩を組むと、雪間の方へ手を差し伸べてきた。

「あんたも一緒に来る? カジノだけど賭け事しなくても楽しめるぜ。つーか、来ないと鐘辻絶対あんたんとこについてくるぜ」
 
井瀬の言うことももっともで、雪間は悩む間もなく二人に同行することに決めた。




「それじゃ、やり方はレイ君が教えてくれるから。あとは頑張ってねー」
 
オーナーは気の抜けた言葉を残し、控え室を去っていく。残された古座は恥ずかしそうにモジモジしながら、例の制服に着替えた格好をしきりに気にしていた。

「君、大丈夫?」
 
声をかけられ、古座はハッとしたように顔を上げた。目の前には自分と同じ格好をした男がいる。線の細い体にすらりと伸びた肢体はバランスがよく、顔も切れ長の瞳が光る美形のため、こんな格好さえしていなければ俳優かモデルと間違えてもおかしくなかった。
 
この男が、古座に色々教えることになっているレイという名のボーイだった。

「やっぱり恥ずかしい、この格好?」
「当たり前じゃん、こんなの……そ、それに、さっきの薬のせいで体熱いままだし」
 
古座は赤らむ顔を下に向け、体の火照りを抑えるようにギュッと自分の体を抱き締めた。一度オーナーの手で絶頂を迎えたことで一度は治まったように思えた体のうずきも、再び顔をのぞかせ、古座の意識を淫らな色に染めようとしている。
 
肉欲に飲まれまいとする心と体に走る甘い痺れに、古座は悩ましげに眉を顰め、固く目をつむっていた。すると、頬に冷たく細いものの感触を覚え、目を見開いた。
 
頬に触れていたのはレイのほっそりした指だった。冷たい指先は熱くなっている古座の頬をなぞり、安心させるように撫でている。

「心配ない。こういうのはすぐに慣れるものだよ」
「慣れるわけないじゃん! 俺はもともとそういう趣味ないんだよ」
「本当に?」
「ほ、本当に決まってるだろ!」
 
間近で顔を覗き込んでくるレイに気圧されまいと、古座は虚勢を張って強気な態度を取って見せる。だが、それを嘲笑うかのように、レイは強気な言葉を発する古座の口を自らの唇で塞いだ。

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あきゅろす。
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