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シリーズ
3
雪間の姿を最後まで見送った鐘辻は、ホッとしたようにため息をつくと部屋の中へ戻っていった。手狭ながらも整理の行き届いた部屋を見回し、おもむろにクローゼットの戸を開ける。

「もう雪間さん行っちゃった?」
 
ヌッと暗闇の中から顔を出し、疲れたように背伸びをするのは、雪間がずっと探していた古座だった。

「ああ、少なくとも今日は来ないと思うけど」
「そっか、よかったー! 鐘辻さんもなかなかやるじゃん」
 
パァッと表情を明るくして、古座はクローゼットの中から荷物の詰まったバッグを取り出すと、部屋の端へ投げ捨てるように乱暴に置いた。

「また雪間さんが来たらさっきの調子で頼むよ」
「なあ、やっぱり戻った方がいいんじゃないのか? 秋も心配してるみたいだったし……たぶん」
「やだよ、雪間さんが反省するまで絶対に帰らないもんね」
 
不機嫌そうに口を尖らせる古座は、そのままクッションへ腰を下ろす。鐘辻も机を挟んだ向こう側に腰を据え、頬杖をついて古座の様子を窺った。

固く結ばれた口、眉間に寄せられたシワ。雪間から離れたいという意志が相当固いであろうことを物語っていた。

「あんまり意地にならない方がいいと思うぜ。話を聞いた分じゃ、どっちも悪い気がするし」
「俺が悪いって? どう考えたって雪間さんが悪いぜ! いっつも何かにつけて俺に文句言ってさ。何が『お前が心配だからだ』だよ。俺は子供じゃないっての!」
 
腹にため込んでいた思いを吐き出すと、幾分か古座の頭は冷静になった。そして、こちらへ向けられる鐘辻の視線に敵意がこもっていることに気がついた。

「な、何? 怒ってる?」
「……そういうのを贅沢な悩みって言うんだろうな。俺は秋からろくに心配されたことなんてないのに」
「そ、そういうのは別問題じゃない?」
「俺がどんなに秋のことを愛していても、あいつは絶対に応えてくれない。だけど古座君は無条件で秋に心から心配してもらえるんだ。それを迷惑だなんてよく言えるな」
 
嫉妬に近い感情を浮かべている鐘辻に、古座は茫然としてしまう。しかし鐘辻はそんな古座のことなどお構いなしに、苦々しい思いを吐露していく。

「どうして秋は俺を選ばないんだ。そんなに古座君のことがいいのか? くだらなことで仲違いする程度の仲じゃないか! 俺の方が絶対に秋のことを幸せにさせてやれるのに!」
「ま、待って! 鐘辻さん何か勘違いしてるって! 俺別に雪間さんとつき合ってなんかないぜ!」
「……ハハ、知ってるよ。ちょっと脅かしただけだ」
 
途端にいつもの調子に戻った鐘辻は、なんでもないようにそう言った。

「脅かしただけ? ……鐘辻さんって俺のこと嫌い?」
「正直なところ、あんまり好きじゃないな。まあ、あまり気にしないでくれ。それとうちにはいつまでもいてくれていいよ。君が帰らなかったら、秋が君を探してまたうちに来てくれるからな」
 
さっきとは打って変わって柔らかい笑みを浮かべる鐘辻に、古座は思わず怯んでしまう。

鐘辻は冗談のつもりだと言っていたが、さっきの言葉はどう考えても本心が混じっていた。やはりいまだに雪間に対する鐘辻の異常な思いは消えていないようだと、古座は確信した。また自分に対しての敵愾心も同様に残っているらしい。
 
それが分かるとこの部屋はまるで針のむしろのように感じた。だが古座にはここ以外にあてはない。

だから多少の居心地の悪さは我慢して、古座はこじれてしまった雪間との関係が直るまで、ここにしばしの間とどまることにした。

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